28 帰る方法
「迷子だ」
李花は完全に迷子になっていた。
紅茶の飲みすぎでトイレに行きたくなり、扉を開けるとシガルの姿が見えなかった。しかも別の近衛兵もおらず、仕方なく李花は一人で部屋を飛び出した。
「この間も迷ったんだよね。そういうときにボットさんに教えてもらって」
もしかして彼がいないかと、ぐるりと周りを見渡すが誰もいなかった。
(でもトイレ用のメイドさんがいるはずだから)
「コダマ様。どうしたのですか?」
足を進めていると、聞きたくなかった声が後ろからかかる。
「サギナ……」
そうであってほしくなかったが、振り返ると、声の主はやはり嘘つき笑顔のサギナだった。
「厠ですか?」
「はい」
「シガルはいないのですね。というか、厠も一人でいけないなんて」
笑顔なのに、さらりと嫌味。
安定した性格の悪さを晒され、李花はどっと疲れた。
しかし我慢の限界に来ていたので、頼ることにした。
「あの案内してもらってもいいですか?」
「しょうがないですね」
大仰に溜息をついたが、そう言って歩き出したので、「彼女」は素直に彼について行くことにした。
トイレはなぜかすぐそばで、李花はどうして見つけられなかったのか、愕然とした。
「じゃ、私はこれで」
「あ!待ってください。帰りもお願いできますか?」
「帰る道もわからないのですか?」
完全に馬鹿にした様子だったが、李花は構っていられない。
「じゃあ。お願いしますね!」
限界まで来ていたので、扉を開け中に飛び込む。
これまた嫌な匂いが充満していたが、慣れたもので鼻をつままずとも終わらせた。
扉を開けるとトイレ用のメイド、そして嫌なくらい満面の笑顔を浮かべたままのサギナが待っていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。これくらいいつでも。本当、お馬鹿な人は大変ですよね」
「馬鹿?!」
(この人、随分グレードアップしてる。前は少しは、そ、尊敬とかいや、なかったけど。馬鹿扱いはなかった)
ショックを受けている李花に意を返すことなく、手を洗い終わったのを確認するとサギナは歩き出した。
速度もまったく配慮がないもので、「彼女」は小走りで彼についていく。
「シガルも世話係のくせに、何をしてるのか。本当。というかこのお馬鹿な人が王妃にでもなったら、この国どうなるのだろう」
「王妃?なに?」
サギナは独り言をつぶやきながら歩いていたが、単語は李花の耳に飛び込んできた。
「なんでもありません。あなたは気にしないでください」
「そういわれても気になります。何かあったんですか?」
(ボットさんが急にいなくなるのは珍しい。しかも代わりの近衛兵もいなくて)
李花はサギナの隣に強引に並び、そう聞いてみたが彼が答えることはなかった。
「はい。つきましたよ」
「ありがとうございました」
結局それから彼は何も言葉を発することなく歩き続け、部屋まで「彼女」を案内した。
「ちゃんと勉強してくださいね」
しかし部屋に入ろうとした李花に苦言をもらすのは忘れなかった。
「ああ、サギナはやっぱり苦手だ」
部屋に入るなり、李花はベッドに飛び込む。
(元に戻るヒントは、宰相様のお母さんの日記に書かれている。だからいまさら勉強すら必要ないのに)
しかし、やることもないので李花は起き上がると、紙と羽ペン、インクを棚から取り出し、日本語で例えると基本のひらがなを書き始めた。
そうしてしばらくすると扉が叩かれる。
入ってきたのは泰貴だった。
「係長?」
「勉強?必要ないのに?」
李花がしていることを見て、「彼」は顔をしかめる。
(美女は顔をしかめても美人なんだ。羨ましい)
「なんだ?」
顔をじっと見られていることに気がつき、泰貴は意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺、美人だもんな。元に戻ったらこんな美人とはもう会えないかもな」
「……本当、自分大好きですね」
「ああ。そうじゃないと楽しくないだろ?」
「はあ」
呆れながら李花は「彼」の意見に適当に相槌を打った。
「まあ、そんなことはどうでもいい。二日後、日本に帰るぞ」
「え?方法わかったんですか?」
「ああ。方法は簡単。満月の夜に王宮の池に血縁者の血を垂らす。量はわからないが、そんな少しだろ?俺たちが来たばかりのころ、サイラルは平気そうだったし」
「そんな簡単な方法なんですか?」
「うん。儀式って言うような大それたことじゃない。まあ、奴は異世界トリップを神聖化したかったんだろうけど」
「日記に書かれていたんですか?」
「ああ」
「ほかに何か書かれてましたか?」
「別にたいしたことじゃない」
「読んでもらってもいいですか?」
(シェリルさんのその後がとても気になる)
しかし泰貴は日記を部屋に置いたままで、見せようとしなかった。
「読んでもいい気分にはならない。読まないほうがいい」
「だったらなおさら読んだほうがいいんじゃないですか?もともとはタエさんが異世界トリップを禁止して、子どもの存在すらこの国の歴史から隠した。それなのに、知らないままなんて」
「俺がタエの子孫で、サイラルとは血縁者に当たる。だから、お前が知る必要はない」
「横暴な!元はボットさんが私に読んでほしいと持ってきたものじゃないですか!」
「ボット。そう言ってるぞ」
ぎゃんぎゃんと李花が文句を言っていると、泰貴は後ろを振り返る。するとシガルが現れた。
「リカは知る必要はありません。これから、私たちは二日後に向けて準備をする必要があります。それが重要です」
日記を運んできた本人にそう言われ、李花は何も言えなくなってしまった。
「李花。わかったか?」
「……はい」
納得するしか道はないようで、「彼女」は仕方なく頷いた。




