25 日記2
生まれた子供はとても可愛かった。
ジャスティン様そっくりで本当に嬉しかった。
これでこの子は外に出て行ける。
黒い容姿を持たない彼は自由だ。
そう、だからジャスティン様が私の元を去り、サイラルを迎えに来たとき、私はそんなに悲しくなかった。
だって私じゃ、彼を外に連れて行けないから。
彼は外で自由に過ごすべきだと思っていたから。
「シェリル。すまない。本当に。私を許してくれ」
ジャスティン様はサイラルをその手に抱きながら、涙をお流しになった。
「謝らないでください。この子にとってはそれが一番なのです。でも一つだけ、血を繋がないでください。私が言うのもひどいですけど」
私の願いはひどいものだった。
でももしサイラルの子が黒い容姿だった場合、その子の一生は私と同じ。
一人きり。
私はジャスティン様と出会い、サイラルを得たのだけど、やはり一緒には暮らせない。
そう結局一人。
「わかったよ。君の願いはわかるから」
ジャスティン様はそう言ってくださり、サイラルは彼と共に森を出て行った。
サイラルは外に出て行ける。
このことが彼にとって幸せなことだと、私、知っているの。
そう、なのに涙が出て止まらなかった。
私の涙をジャスティン様に見せずにほっとした。
私は彼を悲しませたくないから。
サイラル。
私のことは、きっと忘れてしまうわね。
でも愛してるの。
それだけは覚えていてほしい。
忘れないでほしい。
この母のことを。
サイラルの母――シェリルの楽しい妊婦生活、幸せな時間。
それが一変して悲しみに包まれた。
十頁ほど読み進めたところで、扉が叩かれた。
二人は本から目を離し、扉のほうに視線を向ける。
「あ、ボットさんかもしれないですね。私が扉を開けますよ」
そう言い、李花は立ち上がった。
「た、係長?」
しかし手を急に握られてしまい、その場を動けなくなる。
「扉をわざわざ開けることないだろ。ボット。入って来い」
扉の外まで届くほどの音量で泰貴はそう言った。
(え。いや、でも手、握ったまま!)
手を振り解こうとするが、「彼」は李花の手を離さなかった。
「失礼します」
扉を開けて、食事を載せたワゴンに押し、シガルが入ってくる。
(どうしよ。え、なんで)
李花はぎこちなく体を動かし、頬を赤く染めたまま、彼に対面する。
シガルはその青い瞳に感情の色を浮かべないまま、李花を、泰貴に視線を移す。そうして、「彼」が「彼女」の手を握っているのを見て、顔をそむけた。
「食事の準備が整っています。私は扉の外におりますので、終わりましたら教えてください」
「ボットさん?」
(え?何も言わないの?っていうか、すぐ戻ってくるって言っていたけど、戻ってこなかったし)
「ふうん。あきらめたようだな。いいことだ」
「あきらめる?始めからそんなものはありませんから。日記はあなたがリカに読んで聞かせているですね」
シガルはテーブルの上に開かれた日記を見て、泰貴が李花のために読んでいたのだと理解する。
「日記。まあな。戻る方法も書かれている可能性もあるからな。これで俺は李花と日本に帰ることができる。止めるなよ」
「何を言って。私は元からそのつもりです」
(えっとなんか揉めてる?)
二人は睨み合ったまま、言葉を交わす。
(っていうか、まずは手を離してほしい!)
思いっきり手を振ると、簡単に解放してくれて李花はすぐにシガルのところまで歩いていった。
「ボットさん。結構時間かかりましたね。何かありましたか?」
「別に何もありません」
シガルの返事は短く、冷たかった。
(えっと。まあ、元からボットさんは冷たい感じだったけど。なんかもっと冷たい?)
「シガルさん。あの、何か私、しました?」
「いいえ、何も。お食事が冷めてしまうので、早めに召し上がってください。私は外に控えていますから」
「え?はい」
二人のやり取りを泰貴は黙ってみていた。
「じゃあ。そうさせてもらう。悪いがメリルにも午後からも俺がこちらにいることを伝えてくれ」
「……承知しました」
シガルは頭を下げると、そのまま背を向けた。
「あの、ボットさん」
どうしてか声をかけずにはいられず、李花は口を開いた。
「何か御用ですか?」
振り返ったシガルの瞳は出会ったときと同じで、キリアンと同じ色とは思えない暗い海の色をしていた。
「いえ、何も」
(なんで呼び止めたんだろう。ボットさんが怒っていてもそれは理由が何かわからないのに)
「それでは失礼します」
シガルは再び背を向けると退室した。
「どうした?」
テーブルを片付け、食事を始めた。
今日はいわゆるパスタ料理で、少し太めのフィットチーネにトマトソース。いつものハムに、野菜が添えられ、透き通った野菜スープが給仕された。
スープを飲み、ハムを口の中に入れていると、泰貴がそう聞いてきた。
(顔に出てた?だって、ボットさん。なんかおかしかったもん。午前中は笑顔とか見せてくれたのに。もしかして係長のせい?そういえばいつも絡んでいたもんね。そうか、係長か)
「ボットのことだろ?」
何も答えず更にハムを口の中に詰め込んだ「彼女」に「彼」は顔を寄せた。
「な、」
突然のことで、ハムを噛まずに飲み込んでしまい、李花は喉を詰まらせる。
「悪い!」
慌てて背中を叩き、ハムを吐かせた後、泰貴は水を飲ませた。
「な、何で急に近づくんですか。もう!」
ハムを吐かせたことに感謝はするが、元はといえば「彼」のせいだと李花は涙目で睨む。それから絨毯の上のハムを布で包んだ。
「え?食べる気か?」
「そんなことするわけないじゃないですか!後で捨ててもらうんです!」
(なんて失礼なことを言うんだろう!)
怒り心頭で、ハムを包んだ布をワゴンの上に置き、李花は席に戻った。
「怒るな。怒るな。好きな女が別の男のこと考えているのっていい気分じゃないだろ?」
「はあ?」
(何を言ってるんだろう。この人。さっきまで同情していた自分を消してしまいたい)
「そういうのがやっぱりお前らしい。なんか心配されるのはくすぐったいからな」
(全く読めない。何を言って)
「まあ。食えや」
「……はい」
泰貴の最近の言動は意味不明で、あの告白すら理解を超えており、李花は困惑しながらも食事を続けた。




