24 日記1
私は自分が好きじゃなかった。
この黒髪、黒い瞳、黄土色の肌。
他の人とは違う色。
絵本で見た悪い鳥――カラスのようだと思った。
それを美しいといってくれたのは、ジャスティン・エファン様。
デリー以外を知らなかった私に、世界を見せてくれた。
外に出てはだめ、人目にその姿をさらしてはだめだと言われ、その理由も伝えられた。
私の一族は、第九代ライベル王とタエ王妃の隠された娘、異世界ニホンの血を引くもの。
この国にニホンの者がいてはならない。
それはタエ様が命をかけて願ったこと。
最初の異世界の王妃シズコ様は異世界に戻った際に、迫害され、村を追い出された。あげくに野犬にかみ殺されたという。
代わりに召喚されたタエ様は、ご従姉妹のシズコ様とご自身の身を嘆き、再び異世界からニホンの者を呼ばないようにと、血を絶やすことを願った。
しかし自身が身ごもって、自殺を図られた。
お腹の子もご自身も生きながらえたが、繰り返し自殺を図るため、王は決断した。
子のことは闇に葬る。
妊娠すら知られないようにして、生まれた子どもは俗世から離れた場所に預けられた。
子どもは育ち、そのまま一生終えるつもりだった。
しかし血はひっそりと誰にも知られずに続いた。
それから三代が過ぎ、血は完全に薄まったはずだった。
私の母は町に出て、結婚した。
だけれども血は続いていた。
その証拠に私は黒い容姿で生まれた。
母は嘆き、私を一人の乳母と一緒に森に追いやった。
私は最後の生き残りで、最後の黒い容姿の子ども。
だからこのまま、朽ち果てるつもりだった。
何も知らず、何も生まず。
でも私は出会ってしまった。
そうして愛する人の子を身ごもった。
無為だと知っているのに、血を繋いでしまった。
お腹に宿る命に私は高揚した。
私は私の意味を持ちたかった。
こんな私でも生きていたという事実が欲しかった。
「……大丈夫か?」
最初の一頁、震える声で読み終え、泰貴は顔を上げた。
「大丈夫、です。私よりも係長のほうが……」
そう言って李花は泰貴と顔を合わせる。
「彼」は目を細め、頁を持つ指が少し震えているようだった。
「彼女」は思わず、その手に自分の手を重ねた。
「これは係長のせいではありません。タエさん、彼女もこんなことは望んでいなかったに違いありません」
最後の異世界の王妃タエの願い。
それはとても悲しいもの。
でも泰貴と李花には理解ができた。
「続きを、いいか?」
泰貴の瞳に浮かぶ色は戸惑い。
(でもやめるわけにはいかない)
李花は頷くと、彼の手を解放した。
★
シガルは兵団に戻り、自室で制服に着替えた。それから早足で李花の部屋に向かう。途中マグリートに呼び出され、婚儀発表が一週間後に決まったことを聞かされた。
日記の持ち出しは、マグリートがほぼ準備したようなもので、サイラルの執務室には窓から簡単に侵入ができた。隠し場所も彼が指定したところにあり、シガルはただ実行したに過ぎなかった。
李花に渡したことを伝えると満足そうに笑い、シガルは解放された。
「シガル!」
李花の部屋に近づくと、扉周辺で若いメイドと話をしていた同僚が顔を上げた。メイドは無表情のシガルが怒っているように見えたのか、頭を下げるとすぐに立ち去った。
「お前、サボっているのか?」
「いや、そんなことはないぞ。今、中にナガイ様がいらっしゃるからな。何やら姉弟で話があるらしい。ナガイ様、口調が男みたいだが、お姿は本当に美しい。お前と当番を代わってもらってよかったよ」
「……それはよかったな。お前の役目はここで終わりだ。今から俺が引き受ける」
「ええ?そろそろナガイ様が出てくると思うのに」
「そろそろ?」
「ああ。そろそろ昼食時間だし、もう長い間たってるからな。そろそろ話も終わるんじゃないかな」
シガルは自身がそんな長い間、マグリートに捕まっていたことにも疲れたが、部屋の中で泰貴が李花と二人きりで長時間もいることのほうが気になっていた。
そんな自分自身に嫌気がさし、大きく息を吐く。
同僚の不機嫌な様子に、近衛兵は及び腰になった。
「おお、じゃあ。俺は非番といくか。じゃあな。シガル。この分は酒代で簡便してやる。じゃあな」
そうして早口で捲くし立て、彼はその場を逃げ出す。
シガルはそんな同僚を無言で見送り、扉に目を向けた。
「さあ、どうしようか」
この間はキスをしている現場に踏み込んだようだしと、シガルは片手で自分の短い前髪を触ると、珍しくだらりと壁に寄りかかった。
★
「サイラル。大臣たちはお前のおかげで皆納得していたようだな」
「はい」
「……リカは悲しむだろうな。ナガイは怒るか」
キリアンは自嘲ぎみにそう言って、王座に深く座り肘掛に手を置く。
王座を包むようにかけられている布は、最後の異世界の王妃タエが刺繍したと伝えられている。白地に金色の糸で、大きな翼で空を駆ける竜という伝説の生き物が描かれていた。
「彼らも時期に理解してくれます」
「そうであればいいな」
キリアンが、母親に酷似した李花を大切な存在と思うようになることは予想できた。始めはサイラルも警戒していたが、その気持ちを利用することに作戦を切り替えた。
心根が優しく、シガルも心を許している。泰貴にとっても大事な存在であるから、「彼」が王妃になれば、自動的に李花も傍に置ける。
そんな甘言を、サイラルは呪文のように何度か繰り返した。
キリアンは甘言通りに気持ちを動かされた。
しかし、今のキリアンには迷いが見えた。サイラルの言葉をそのまま鵜呑みにしているように思えなかった。
「お前の願いだからな」
「陛下?」
「お前は私の大事な宰相だ。父上にとっても大事な友だった。だから、余はお前の望みをかなえたい」
「陛下、何をおっしゃって……」
彼の狙いなどわかるはずなかった。
しかし、キリアンは儚げに笑う。
「余は疲れた。自室で休む。ついてくる必要はない」
王座を立つと、彼は背後の彼専用の扉を開けた。そうして、振り返ることなく、中に消えていった。
「陛下……」
キリアンが何かを知っているという事実。それが衝撃的で、サイラルはその場を動けずにいた。




