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断頭台の露と消えた元王妃、異世界ではハーブ園で静かに暮らしたい ~パンがないなら薬草を育てればいいじゃない~  作者: ローナ


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6/10

噂のハーブ園『プチ・ルテティア』開園!

「マリー様、大変です! 門の外の広場まで、お客さまの行列が溢れ返っています!」


朝の光がハーブ園『プチ・ルテティア』の若葉をみずみずしく濡らす頃、クロエが青いエプロンを風になびかせながら、息を切らしてテラスへと駆け込んできた。

私は優雅にシルバーのティーポットを傾け、カップに淹れたてのミントティーを注ぎながら、ふっと上品に微笑んだ。


「そんなに慌てなくても、ハーブたちは逃げ出したりしませんわよ、クロエ。深呼吸をしてちょうだい」


「い、息が詰まらないわけがありません! 隣町からの馬車はもちろん、王都の貴族の紋章が入った乗り物まで並んでいるんですから……!」


クロエの言う通り、門の外には「ローズハーブウォーター」の噂を聞きつけた人々が、朝早くから長蛇の列を作っていた。

日照りで荒れた肌を救われた村娘たちの口コミは、瞬く間に近隣の街を駆け巡り、今やこのカルミア村は「奇跡の美肌と癒やしの里」として知れ渡っていたのだ。もはや、個人の趣味の範囲でひっそりとハーブを育てるという私のささやかなスローライフ計画は、完全に嬉しい悲鳴を上げる形で崩壊していた。


だが、ここで前世の記憶がむくむくと頭をもたげる。

——フランスのヴェルサイユ宮殿において、私——マリー・アントワネットが主催したサロンや、離宮プチ・トリアノンでの催しは、常に「最高級の洗練と心地よい空間」によって支配されていた。いかに多くの人が押し寄せようとも、品格を失っては意味がない。


「いいこと、クロエ。これだけ多くのお客様がいらっしゃるのなら、ただ押し問答をするのは愚昧というものですわ。今日からこのハーブ園を、正式に『癒やしのガーデン』としてグランドオープンいたします」


「ぐ、グランドオープン……ですか?」


「ええ。ただ商品を売るだけの場所ではありません。訪れた人々が心身ともに癒やされ、極上の優雅さを体験できる場所——真の『プチ・ルテティア』を創り上げるのですわ」


私は立ち上がり、テラスの端で腕を組んで仁王立ちしている頼もしい専属用心棒に声を飛ばした。


「ルーク! ぼんやり突っ立っていないで、お仕事ですわよ!」

「……おう」


ルークは大剣を背負ったまま、面倒くさそうに頭を掻きつつも、その巨体を動かして手際よく敷地の整理を始めた。彼がいるだけで、押し寄せる群衆も変な小競り合いを起こすことなく、整然と列を作ってくれる。まさに最強のガードマンである。


それからの一週間、私たちは文字通り寝る間も惜しんで大改造を行った。


元々ただの荒れ地だったハーブ園の周囲には、木材を切り出して作った温かみのある柵が巡らされ、入り口にはラベンダーと木製の看板で飾られた上品なアーチが設置された。

そして、園の中心にある最も日当たりの良いテラススペースを拡張し、素朴でありながらも洗練された「カントリー調のオープン喫茶スペース」を設けたのだ。


丸太を削り出して作ったテーブルと椅子には、麻布の清潔なクロスがかけられ、テーブルの上には小さなガラス瓶に活けられた野花が飾られている。

華美すぎず、それでいて田舎の野暮ったさを一切感じさせない、まさに「マリーの美意識」が凝縮された空間であった。


そして迎えた、記念すべきグランドオープン当日。


「お、おい……本当にここが、あの荒れ果てた薬草園か?」

「なんていい匂いなんだ……。深呼吸するだけで、頭の中がすっきりしていくぞ……」


門をくぐり抜けてきた客たちは、目の前に広がる光景に一様に息を呑み、感嘆の声を漏らした。

視界いっぱいに広がる色とりどりのハーブ、風に揺れる木々のざわめき、そして鼻腔をくすぐるカモミールとローズマリーの芳香。それは、日々の慌ただしさや労働の疲れを瞬時に忘れさせる、別世界のオアシスそのものだった。


「皆さま、ようこそ『プチ・ルテティア』へ!」


私は特製のドレスの裾を軽く持ち上げ、優雅に一礼してみせた。

その私の姿を見た客たちは、あまりの気高さと美しさにハッとしたように静まり返り、自然と頭を垂れた。


「本日は我が園の開園記念日です。どうぞ、自慢のハーブティーと、焼き立てのスコーンをお召し上がりになりながら、心ゆくまで癒やしのひとときをお過ごしくださいませ」


私の合図とともに、見習いとして働き始めたクロエや村の娘たちが、手際よく木製のトレーにポットとカップを乗せて各テーブルへと運んでいく。


喫茶スペースで提供されるのは、ただのハーブティーではない。

私の魔力と緻密な調合によって生み出された『極上のリラックス・ブレンド』だ。

一口飲んだ冒険者たちが「うまっ……! 体の芯から魔力が満ちていくようだ……!」と目を見張り、王都からやってきた貴婦人たちは「まあ、この香りの繊細さは王宮のサロンでもお目にかかれなくてよ……!」と感動のあまり涙を浮かべる。


さらに、肌荒れに悩む少女たちには、例の「ローズハーブウォーター」をその場で体験できる小さなカウンセリングブースも用意した。施術を受けた娘たちが、自分の肌のモチモチ感に驚いてキャッキャと歓声を上げる姿があちこちで見られ、園内は終始、温かい笑顔と幸福な空気に包まれていた。


「……ふう。やっと一段落つきましたわね」


夕暮れ時、西の空がオレンジと紫のグラデーションに染まる頃。

ようやく客たちの波が引き、私はテラスの特等席に腰を下ろして、冷たいレモングラスティーを一口飲んだ。心地よい疲労感が全身を包み込むが、それ以上に胸に広がるのは確かな充実感だった。


ふと隣を見ると、ルークが無言で木製の椅子に座り、大きなマグカップでミルクティーを飲んでいた。戦闘用の厳つい大剣が椅子の脇に立てかけてあるそのミスマッチな光景が、何だか少し微笑ましい。


「お疲れ様でした、ルーク。あなたのおかげで、一度の混乱も起きずに無事オープンを終えられましたわ」


「……別に、俺は立っていただけだ」

ルークはぶっきらぼうにそっぽを向いたが、その耳たぶがほんのりと赤くなっているのを見逃す私ではない。


「ふふ、素直になれないんですから。……ねえ、ルーク」

「なんだよ」


「私、前世ではヴェルサイユの宮殿で、世界中の富と権力を集めながらも、いつも何かに追われているような孤独の中にいましたの。誰もが私を利用しようとし、誰も私自身の心を見てはくれなかった」

私はカップから目を離し、目の前に広がる静かなハーブ園を見渡した。


「でも、いまはこの小さな村の片隅で、自分の手で土を耕し、訪れる人々に心からの笑顔を届けることができている。……ここにあるものは、豪華絢爛な宮殿なんかじゃないけれど、私にとっては世界で一番贅沢で、愛しい場所だわ」


私の言葉に、ルークはしばらくじっと黙っていた。

やがて彼は低い溜息をつき、いつもの不器用な笑みを引っ込めて、まっすぐに私を見据えた。


「……最初の頃は、頭の狂った世間知らずのお姫様が流れ着いたもんだと思ったがな」


ルークは大きな手で自分の黒髪を軽く掻き、照れくさそうに続けた。

「お前がこの庭に込めた本気と優しさは……本物だったってことだ。……悪かったな、見くびっていて」


「当然ですわ! 私の美意識と情熱をナメてもらっては困りますのよ」


私は胸を張り、フンと誇らしく鼻を鳴らした。

すると、ルークはふっと息を漏らして柔らかく笑い、自分のカップを私の方へ軽く掲げた。


「……ま、これからもこの『プチ・ルテティア』が、どんな連中に狙われようが、俺がこの剣で守り抜いてやるよ。だから、お前は好きにその庭を広げな」


「ええ、頼みましたわよ、我が専属用心棒!」


カランと、二人のグラスが微かに触れ合う音が夕暮れの風に溶けた。


噂のハーブ園『プチ・ルテティア』。

それはただの癒やしの空間を越え、傷ついた人々が集い、明日への希望を見出す伝説の園として、この異世界に確かな根を下ろしたのだった。物語は、さらに華やかで新しい章へと続いていく——。

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