悪徳商人の襲来と『マリーの毒舌』
「……これは驚いた。噂には聞いていたが、まさかこれほど見事なハーブ園とはな」
穏やかな昼下がり、ハーブ園『プチ・ルテティア』の入り口に、ガシャガシャと下品な金属音を響かせながら一団が踏み込んできた。
先頭に立っていたのは、肥え太った体躯に派手な刺繍の入ったベルベットのコートを纏い、脂ぎった顔にいやらしい笑みを貼り付けた男——隣町の権力を牛耳る悪徳商人、ガルニエその人であった。
その背後には、異形の巨漢や荒くれ者の用心棒たちが四人、物騒な棍棒を手にして威圧するように控えている。
「おや?」
私は手入れ用の小さな剪定ばさみをカチリと鳴らし、微動だにせず振り返った。
「どちら様でしたかしら? 我が『プチ・ルテティア』は、ご予約のない下品な野暮用の方の立ち入りはお断りしておりますのよ。それとも、看板の文字も読めないほど目がお不自由なのかしら?」
「ほお、小娘が生意気な口を利く」
ガルニエはネズミのような小さな目をいやらしく細め、ねっととした視線を私に這わせた。
「俺はガルニエ商会の会頭、ガルニエだ。お前がこの村で『奇跡のハーブ』とかいう胡散臭い薬草を売り回っている小娘だな? 耳に入っているぞ。王都の商人どもまでお前のハーブに群がっているそうじゃないか」
「それが何か?」
私は優雅に首をかしげ、まるで虫けらを見るような冷ややかな微笑みを浮かべてみせた。
「ふん、世間知らずのガキが調子に乗るなよ。こんな辺鄙な村の片隅で、いくら珍しい草を育てたところで、お前一人に何ができる? 王都の商会や貴族どもを相手にするには、莫大な資本と、何より『後ろ盾』が必要なんだよ」
ガルニエはこれみよがしにふところに手を突っ込み、分厚い契約書の束をジャラジャラと鳴らしてみせた。
「お前のような身寄りのない貧乏娘が、これ以上面倒に巻き込まれて命を落とすのも哀れだ。そこで、この心優しいこの俺がな、このハーブ園の土地と全ての栽培ノウハウを、特別に『銀貨五十枚』で買い取ってやろうと言っているんだ。ありがたく思えよ?」
銀貨五十枚。
それはカルミア村の農民たちが数年働いても手に入らない大金かもしれない。だが、現在の『プチ・ルテティア』が一日で稼ぎ出す売上、あるいはその数分の一にも満たない、あまりにもふざけた二束三文の買い叩き価格であった。
「銀貨五十枚、ですか」
私はふっと鼻で笑い、剪定ばさみをトントンと手のひらに軽く当てた。
「おやまあ、ご親切にどうも。……ですがね、ガルニエさん。あなたのその頭の悪さを見ていると、お金の計算すら満足にできない可哀想な方なのだと同情してしまいますわ」
「なっ……なんだと……!?」
ガルニエの脂ぎった顔が、一瞬で赤黒く変色した。
彼の背後に控える荒くれ者たちが「おイ、親父に向かっていい度胸じゃねぇか」「叩き潰してやろうか」と気味の悪い笑い声を立てながら一歩前に踏み出す。
だが、その瞬間——。
「——一歩でも動いてみろ。その首を胴体から切り離す」
低く、地獄の底から響くような冷徹な声が、ハーブ園の空気を凍りつかせた。
テラスの陰から姿を現したのは、大剣に手をかけたルークだった。彼の纏う殺気は、ただの用心棒のレベルを遥かに超越しており、ガルニエの雇った荒くれ者たちの顔色が一斉に青ざめ、思わず後ずさる。
「ルーク、お上品な場所で乱暴な真似をしてはいけませんわ」
私は優しく嗜めつつ、一歩前に進み出た。
「おや、ご安心なさい。私は暴力など使いません。……だって、暴力よりももっと残酷で、確実な方法でこの愚か者たちのプライドをズタズタにして差し上げるほうが、お上品で楽しいではありませんこと?」
私の青い瞳に宿る冷ややかな光を見た瞬間、ガルニエは気味の悪い冷や汗を流しながら、声を荒げた。
「な、なんだと……! 俺を脅すつもりか! いいか、この土地の権利書を見ろ! 前の村長がサインした——」
「まぁ、そんなに大声を張り上げないでくださる? はしたないこと」
私はパチンと手を叩き、まるで幼子を諭すような甘ったるい声で、しかし一言一言に猛毒を込めて語り始めた。
「まず第一に。あなたが提示した『銀貨五十枚』という買収価格。あまりにも滑稽すぎて、思わず笑い泣きしてしまいそうですわ。
我が『プチ・ルテティア』のハーブが王都の冒険者ギルドや高位貴族たちの間でどれほどの価値を持っているか、ご存知なくて? カモミールと野生タイムの黄金比率から抽出される『王妃の残り香』一瓶の相場が、王都のオークションでどれほどの値がついているか、この薄汚いそろばん勘定では計算できませんこと?」
「っ……それは……!」
「第二に。あなたは『莫大な資本と後ろ盾が必要だ』とおっしゃいましたけれど……ふふ、笑わせないでほしいわ。
資本主義の基本すら理解していない三流商人が、何を偉そうに。私に必要なのは資本などではありませんの。『圧倒的な品質』と『代替不可能な希少性』、それだけです。王都の貴族たちは、いくら金を積んでも手に入らないからこそ、私のハーブに熱狂しているのです。それを、あなたのようなどこの馬の骨とも知れない下劣な成金が、二束三文で買い叩けるとお思いになったその脳みそは、飾りでついているのかしら? それとも、ただの脂肪の塊ですの?」
「なっ……! 貴様、口が過ぎるぞ……っ!」
ガルニエは顔を真っ赤にし、怒りで全身を震わせた。商売人としてのプライドを、美しく上品な笑顔の裏から容赦なく抉り出されたのだ。
前世のヴェルサイユ宮殿で、何百人もの一癖も二癖もある高慢な貴族たちを、皮肉と洗練された毒舌で言い負かしてきた私にとって、地方の悪徳商人など、歯牙にもかけない雑魚にすぎなかった。
「最後に——」
私はさらに一歩、ガルニエへと歩み寄り、冷たく透き通るような声でトドメを刺した。
「あなたが今日、このハーブ園に踏み込んだこと。そして、私を脅して不当な契約書に署名させようとしたその証拠の数々……。すでに、我が『プチ・ルテティア』の専属用心棒と、王都から派遣されている監査官の耳に、完璧に記録されておりますわ」
「な……監査官だと……!?」
「ええ。我がハーブ園は、すでに王立サロン銀行および国内の主要商業ギルドの直轄保護下にある特区ですの。そこに許可なく押し入り、恐喝未及および土地の不法強奪を働いた罪がどうなるか……お分かりかしら?」
私の言葉を聞いた瞬間、ガルニエの顔からすべての血の気が引いた。
彼の背後にいた用心棒たちも「聞いてねぇぞ!」「おやじ、やばいんじゃねぇのか!」と慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように後ずさる。
「こ、この……小娘め……! 覚えておれ……っ! 絶対にただじゃ置かんからな……!!」
ガルニエは恐怖と怒りに顔を歪めながら、持ってきた契約書を落とさんばかりに抱え込み、荒くれ者たちを引き連れて一目散に逃げ出していった。その姿は、先ほどまでの威勢が嘘のように惨めなものだった。
「……ふう。お疲れ様でしたわ、ルーク」
ガルニエの一味が完全に視界から消え去ると、私はふっと肩の力を抜き、上品にドレスの裾を整えた。
「いや……お前、相変わらずえげつないな」
ルークは大剣を納めながら、呆れたような、しかしどこか愉快そうな笑みを浮かべた。
「暴力を使わずに、相手の急所を的確に突いて社会的にお陀仏にさせる。……昔の貴族ってのは、みんなお前みたいな化け物だったのか?」
「失礼ですわね。私はただ、無知で愚かな方に対して『現実』を教えて差し上げただけですのよ」
私はふふんと誇らしく鼻を鳴らし、ハーブ園の奥へと戻った。
ガルニエのような悪徳商人が現れたということは、私のハーブ園がそれだけ大きな力を持つようになった証拠でもある。しかし、今回の一件で、私が甘いお嬢様ではないことは周囲にも十分に伝わったはずだ。
「さあ、邪魔者もいなくなったことですし、午後のハーブウォーターの仕込みを始めましょうか」
穏やかな太陽の光がラベンダーの葉を揺らし、ハーブ園には再び平和で優雅な時間が戻ってきたのだった。




