プロローグ
※当面過去編が続き、非常に胸糞が悪いです。
予定前倒しで現世のヒャッハーを次回出します。
私は『番制度』を嫌悪していた。
母が運命の番を見つけ、父や姉、自身を捨てて行ったのは記憶に新しい。
私に『運命の番』が見つかった時、湧き出たのは尽きぬ憎悪だった。
しかも弱々しい人間風情。
故に番を拒絶した。
──認められなかった。本能が叫ぶ伴侶を。
私の拒絶に番の翡翠色の瞳が揺れる。彼女の胸には既に微かに輝く竜紋が刻まれてあった。
彼女が怯えた表情を浮かべると、不思議な昂揚感が体内を巡る。
竜紋が体内で燃えるような熱を放ち、血が沸騰する錯覚に囚われる。
側室を娶り、番の前で愛を囁いた。
彼女の亜麻色の髪を掴み、震える声で問い掛ける彼女に、私は耳元で囁く。
「これがお前の運命だ」
彼女の翡翠色の瞳が絶望に染まる。その表情は私の快楽中枢を刺激する劇薬だった。
もっと苦しめ。
私を焼き付け絶望しろ!!
彼女の啜り泣く声、亜麻色の髪が涙で頬に張り付く様にさえ愉悦を感じた。番の証である胸の竜紋が私を甘く切なく疼かせる!!
ある時、番が男と逃げだした。
彼女に見せつけるように彼女の義妹と性交したのが余程堪えたようだ。
追跡の命を出したが、捕らえられたのは私だった。
知らなかった。運命の番を得た私との性行為は人間に毒だと。
義妹はおぞましい顔で死んでいた。
彼女を虐げる道具として連れて来たのに、使い物にならないではないか。
使えん女だ。
番を解消しろと宣った父と姉は血の海に沈め、私は愛する番を追った。
「なぜ逃げる。お前は水晶宮殿に戻るべきだ」
「いや…!!」
「来るな!お前なんか怖くないぞ!」
幼竜が威嚇する姿は私の癇に障った。
爪で引き裂かれた翼から漏れる血液。番の悲鳴と共に床に沈む小さな身体。
黒竜の爪が幼竜の身体を幾度となく引き裂き、片翼をブチブチと千切った。
「やめて……!ジゼルに手を出さないで!」
男の名を呼ぶ番に酷く腹が立った。
間男を地面に力任せに叩きつけてやると、白い羽毛がひしゃげ、震える小さな体躯は恐怖で動けない。
私が変化した黒竜の口元が熱気で歪み、殺意が圧縮される。
「やめてえええ!!!」
番の絶叫と同時に私の口から炎が噴出した。洞窟内の温度が急上昇し岩盤が溶解する。
幼竜の輪郭が炎に呑まれた――
これでいい。
邪魔な間男は死んだ。
これでお前は私の物だ。
だが、彼女は壊れてしまった。
彼女はもう私を見なくなってしまった。
いや、見えなくなったと言えばよいか。
私が彼女の腕を掴もうと、壁に押し付け痣を作ろうと。
彼女は私を一切認識しない。
私の欲望は満たされなくなった。
彼女が絶望の顔で私を見ることも、嘆きの甘美な蜜で竜紋を満たすことも無い。
それでも諦めきれず、私は彼女を強制的に孕ませることにした。
番を憎み歪んだ愛憎を抱いた私は、皮肉にも『運命の番』の解消を恐れるあまり、彼女との繋がりを求めた。
彼女に子種を注ぎ込むという行為は、本来は至上の悦楽であるべきなのに――返ってくるのはただ空しさだけ。
やがて彼女の腹が膨らんできた。日に日に大きくなるそれを、私は複雑な思いで見つめた。
もし彼女が完全に壊れていなければ――子供のために自我を取り戻すかもしれない。
それとも……
だが今の彼女にそんな兆候はない。妊娠した事すら認識しなかった。
「ジゼル……ジゼルなの?」
それ以上何も言うことはできなかった。私の中の何かが砕け散っていくような気がした。
自分との間に生まれようとしている命ではなく――炎で焼かれた幼竜の名前を呼ぶなんて!
挙句、生き残った姉から子の養育を奪われた。
弟を焼き殺す外道に子育ては出来ぬと。
弟?あの羽虫は所詮妾の子。愛する番を攫った忌々しい男に過ぎん。
我が子が生まれた時、信じられないことに彼女の目に光が戻った。
相変わらず私を認識できないようだが、我が子だけは見えるようだ。
彼女は子を抱き上げると、唇の端を微かに持ち上げ――笑ったのだ。
その瞬間、胸に激痛が走った。
そして全てを理解した。あの赤子は私と彼女の絆を破壊する怪物なのだと。
私の愛した者は失われ、代わりに未知の存在が生まれた。
私の唯一無二の番を奪う男!
それからの日々は地獄だった。私は我が子に嫉妬した。
幼竜の名はレーヴェンと言うが、その名を口にするだけで吐き気がする。
ある日、ついに我慢の限界を迎えた。レーヴェンが眠っている時に近づき、一思いに喉を掻き切ろうとした。しかし、彼女の身体はあの怪物を庇い我が手に貫かれた。
「……レーヴェン…私の子‥‥‥今度は‥‥‥守れた‥‥‥‥ジゼ…ル‥‥‥」
最下層の牢獄で私は鎖に繋がれていた。
「俺の番……死んでしまった……でも安心してくれ……」
私は彼女への永遠の愛を叫んだ。
「竜紋は永遠だ!魂は俺に繋がったままだ!今世は失敗したが、次こそ完璧な愛を与えよう!」
姉は、無言で牢を封じ込めた。
竜の咆哮が聞こえる。
我が番が死に、神龍の宣言通り殆どの者が原始の姿に戻ってしまった。
理性ある竜族はほぼ皆無だ。
最下層牢獄に響く鎖の音は、腐臭と混ざり合う絶望の旋律だった。
鉄格子にへばりつく黒鱗が月明かりに濡れ光る。目を剥きながら私は笑う。
「待ってくれ……もうすぐ……もうすぐ……」
指先で竜紋をなぞると、彼女との愛の証が脈打つ。まるで彼女の鼓動のように。
「迎えに行くよ、プリムラ」




