073 パッカドキア
「さすがにそれは言い過ぎではないか? あの少女、ジゼルと言ったか? 仮にジゼルが我らに害を為したとしよう。待っているのは、人類の裏切り者という烙印だ。ならば、積極的に我らに協力するべきでは?」
そう言ったのは、黒い全身鎧姿で器用に腕を組んでいるキャメロンだった。
たしかに、普通に考えればキャメロンの言い分が正しいと思うけど……。
「甘い! キャメロン、あなたはジゼルの魔法一つで身動きを封じられたのをもう忘れたのかしら? ジゼルは、やろうと思えばいつでも敵前でわたくしたちの動きを封じることができるのですよ? それがもし、人目がないところだったらどうしますか? 誰がジゼルの犯行を訴えるのです?」
「ッ!」
その可能性があったか! そこまで頭が回らなかった自分が嫌になりそうだ。
「そんなことをして、人類に何の得があるのだ? ジゼルには――――」
「キャメロン、全員が全員、人類のために自分の命を喜んで懸けるとは思わない方がいいよ。オレだって、罪人として処刑されるのが嫌だからって理由の方が大きいし……」
「何を言うのだ、ガッツ! 勇者が何と嘆かわしい!」
キャメロンは貴族として教育されてきたからか、家のため、国のため、人類のために命を投げ出すのを普通のことだと思っている節がある。そして、それこそが自分という貴い人間の義務だとでも思っているのだろう。
でも、オレにもその精神を求められても困る。オレはもとはちんけな盗人だぜ? そんな奴に高貴な精神なんてあるかよってんだ。
おそらく、あのジゼルという少女も同じことを思っているだろう。
「オレが思うに、ジゼルが大事にしているのは、あの腐蝕銀鎖というマフィアの人間たちで、人類の使命とか、人類の義務とかじゃない。だから、ジゼルがオレたちを捨てるというのは普通にありえると思うよ」
「じゃったら、捨てられぬように張り切るしかあるまいよ! どうせワシらはあの場で殺されてもおかしくなかった。それが助かっただけで僥倖よ!」
ベルリッヒンゲンは単純でいいなあ。
「ですから、ジゼルがパーティに入ってからは、彼女には丁重に丁重を重ねて接してください。神に接するようにです。とくにベルリッヒンゲンとキャメロン! あなたたちはガサツですからね」
「そうかのう?」
「ベルリッヒンゲンがガサツだというのはわかるが、私もか? これでも私は侯爵家の人間に恥じない貴公子として、国のご令嬢たちを――――」
「キャメロン、そういうところですわ。あなたの嫌味なところは」
「嫌味⁉」
うわー。フィルレインはグサッといくなあ。
キャメロンは愕然としたような不満がありそうな顔をしているが、フィルレインはエルフの国の王女様。同じパーティだから簡素な口を利けるけど、立場はフィルレインの方が上だ。そのことをたぶん誰よりもわかっているキャメロンは引き下がるしかない。かわいそうに。
「まあ、ジゼルを迎えるためにも、まずはハッテンバロー大要塞を落とさないとな。状況はどうなってるんだ?」
「あ、ああ。魔族側で大規模な作戦の変更があったのか、ハッテンバロー大要塞を守る兵数が三分の一以下になっているらしい。前線からの報告では、二万もいないのではないかとのことだ」
「二万……」
戦争を知らないオレからすると、二万はかなり数が多いと感じるが、もともと六万以上の魔族がいたと考えればたしかに少ない。
「現在は攻勢を強め、ハッテンバロー大要塞を半包囲して、攻城戦になっているらしい。魔族側からの反撃は極めて限定的という報告だった。魔族が何を考えているかはわからんが、ハッテンバロー大要塞は邪魔だ。この機会に落とすに限る。そこで、我々勇者パーティにも援軍要請が来たというわけだ」
「なるほどね……」
キャメロンの言葉に嘘はないだろう。オレたちに嘘を吐くメリットがない。
そして、オレたちに援軍要請が来た本当の理由ももう聞かされている。
魔族の中には、時折ものすごい強者が誕生するらしい。魔族は個人の強さを信奉しており、要職を独占しているらしいので、ハッテンバロー大要塞の指揮官は、かなりの強者のはずだ。
オレたちに求められていること。それはハッテンバロー大要塞の攻略ではなく、指揮官の撃破である。
オレは、腐蝕銀鎖に取り上げられなかった聖剣の柄を撫でた。
「何があってもオレたちのやることに変わりはない。そういうことだろ?」
これは、魔王を倒すための第一歩に過ぎない。震えそうになる体を無理やり抑え込んで、オレは窓からハッテンバロー大要塞のある東の空を見上げた。
◇
俺は栄えある対ニンゲン戦争の最前線、難攻不落のハッテンバロー大要塞を預かる総指揮官、オーガであるパッカドキア様だ。
そんな俺は、今まで生きてきた中で最大のピンチを迎えていた。
「パッカドキア様、要塞の西方より大至急援軍要請が!」
「南からもです!」
「なんたることだ……」
ハッテンバロー大要塞は難攻不落。ニンゲンたちなんぞに落とせるわけがない。むしろ我々は襲う側だ。近くのニンゲンの砦に適当に派兵しているだけでいい。
そう言っていた前任者を殴り飛ばしたいほど、現状は我々に不利だった。
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