014 感謝と笑顔
僕は隠れた怪我人を探し出す勢いでスラムで治療しまくった。
この場所は、腐蝕銀鎖の関係者が住んでいる場所らしい。オーレリアがいるからか、住民たちが協力的なのもいいね。
まぁ、中にはジャックとバーグの姿にびっくりしている人たちもいたけど。
ジャックとバーグって、このスラムではけっこうな有名人らしい。
そういえば、みんなジャックとバーグのことを地擦りと破砕って呼んでるけど、何のことなんだろう?
二つ名みたいなものだろうか?
なんだかかっこいいね。
「まさか、あれだけの人数を一気に治療してしまうなんて思わなかったわ……。あなたって、もしかして有名な治癒魔法使いだったりする? それこそ聖女みたいな」
一通り治療が終わった後、オーレリアが問いかけてきた。
聖女という存在はよくわからないけど、これでも僕は百年以上治癒魔法を使い続けてきたからね。それこそ、ハッテンバロー大要塞が、まだショボい小さな砦だった頃から、僕はハッテンバロー大要塞の治療を実質一人で賄ってきた。いわば、治癒魔法のスペシャリストだ。
たしか、ニンゲンの寿命は、百年もないと聞いた覚えがある。
それに比べて、僕は寿命のないスライムだ。
たぶん、ニンゲンでも才能があれば、僕と同じかそれ以上の治癒魔法の使い手はいるだろうけど、なかなかにレアケースなのではないだろうか?
そう考えると、オーレリアの言っていることもわからなくもないのかな?
今になって考えたら、もう少し実力を低く見せるような工夫が必要だったかもしれない。
でも、僕はそんなことを考える余裕がないくらい。心がホカホカしていたんだ。
まるでずっと探し求めていたものを見つけたような。そんな心地がしたんだ。
たぶん、自分でも自分を抑えることはできなかっただろう。
だから、僕は自分のやったことに後悔はしない。後悔したら、なんだか自分の気持ちに水を差してしまうような気がしたんだ。
だから、僕はオーレリアにこう答える。
「聖女は知らないけど、僕は治癒魔法が得意なんだ」
「得意と言っても限度があるでしょう? あなたの歳でこの――――」
「まあまあ、いいじゃねえか? このスラムでは、そういう詮索はご法度だってのは知ってるだろお? ジゼルはすごい。ただそれだけわかりゃあいい」
「ジャックもたまにはいいこと言うね。さすがパパ」
「だからあ! パパって何だよお!」
オーレリアの追及の矛先を、やんわりとジャックとバーグが逸らしてくれた。
ありがたいね。
まぁ、一度見せてしまったし、これからも治癒魔法については自重なしでいこうかな。
スラムからの帰り道。そこには行きの道では見かけなかった元気なニンゲンたちが道を闊歩している様子が見ることができた。
みんな嬉しそうに自分の足で歩いている。
そして、僕たちの姿を見つけると、その場で跪いて両手を組んだ姿で頭を垂れていた。
「ねえ、あれって何をしているの?」
「みんなジゼルに、あなたに感謝しているんですよ」
「僕に?」
オーレリアの言葉に、僕は耳を疑ってしまう。
だって、もう感謝なら数え切れないほど貰ったんだ。それなのに、まだ感謝してくれるだなんて……。
ニンゲンたちってこんなにも感謝を大事にしている種族なんだね……。びっくりしちゃうレベルだ。
僕は長年魔族の治療をしてきたけど、一度たりとも感謝を言われたことはない。中には何度も治療をした魔族もいるんだけど、彼も僕に当たり散らすばかりで、感謝なんて口にしたことはなかった。
それなのに、ニンゲンはたった一度治療しただけなのに、何度でも感謝を口にする。
種族の違いと言われればそれまでかもしれない。
でも、僕はニンゲンとの間で暮らした方が心地いい気分でいられるだろうなと思った。
「オーレリアお嬢様万歳!」
「ばっかおめ! もうオーレリア総長だっての!」
「オーレリア総長万歳!」
「ジゼル様、治療ありがとうございます!」
「我らの総長と聖女様に祝福あれ!」
「おお! 聖女っていいな!」
「ジゼル様は我ら腐蝕銀鎖の聖女じゃけえ!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
オーレリアの人気はすごいなと思っていたら、ニンゲンたちは僕のことも大声で称賛し始めた。
これはちょっと恥ずかしいかもしれない。思わず背中が丸まっちゃいそうだ。
でも、隣で歩くオーレリアは慣れているのか、背中をピンッと伸ばして笑顔で手を振って応えている。
「さあ、ジゼルもみんなに応えてあげて」
「こ、こうかな?」
僕もオーレリアの真似をして、手を振り返してみた。
「そんな無表情じゃダメよ。もっとにっこり笑わないと」
「そんなこと言われても……」
僕はまだこのニンゲンボディーに慣れていないんだ。手足を動かすだけでも気を遣うのに、表情にまで気を配ってる余裕はない。
そんな時だった。
「だから、こうよ、こう!」
「ひょえ⁉」
何を思ったのか、オーレリアが両手の人差し指で、僕の口の端を持ち上げた。
「なにひゅるの?」
「笑顔の作り方を教えてるのよ」
そう言うオーレリアの顔には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。
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