教会の罪
国王陛下の話に触れると、シェザード様の表情がやや曇った。
カストル・ガリウス国王陛下は、お父様やエアリー公爵と同年代だ。
私はカストル陛下と個人的に話をしたことはない。ご挨拶をしたことがある程度。
シェザード様とはあまり似ていない。小柄で細身のカダールの男性に多い特徴が色濃く出ている方である。
「それで、お父様。ヴィクターは、何か言っているのですか?」
「それがな……、何も言わない。エデンを誰から買ったのか、誰に売ったのか、聞きたいことは山ほどあるが……、何も、な。ただ、ルシル。お前に会いたいと、言っている」
「私に、ですか……」
「父上、それはあまりにも残酷だ。ヴィクターがルシルに何をしたか、知らないわけではありませんよね」
「分かっている。分かっているが、このまま……、全てを闇に葬って良いのかどうか……」
「これはグリーディアと我が国の問題でもあります。同盟国でありながら、我が国を破滅させる可能性のある薬をあのような男に売るとは……、カストルにあちらの国の王との話し合いを行い、誰が関わっていたのかを明らかにした方が良いと進言しましたが、必要ない、の一点張りで」
エアリー公爵が眉間の皺に指を当てる。
「お父様……、分かりました。ヴィクターと、会います」
「ルシル。無理は、しなくて良い」
「シェザード様、……一緒に、いて、くださいますか? また我が儘を言ってしまって、ごめんなさい。私、シェザード様がいてくださったら、……どんなことも、大丈夫だと思えるのです」
好きだと、伝えること。
甘えること。
それは罪ではないのだと――今はもう、思うことができる。
「それは勿論。一人で行かせる筈がない。だが……、俺は今でも、あいつを憎んでいる。顔を見たら、感情が抑えられないかもしれない」
シェザード様が、苦しそうに言った。
「誰かを憎んだり、怒りを感じたりすることは、誰にでもある。シェザード、その感情を隠す必要も、無理に心の奥底に閉じ込める必要は無い。私も、それからラムセスも、心の中に獣を飼っている。お前と同じようにな。私たちのような年齢になればある程度は、それをうまく飼い殺すことができるが、時にはそれができないときもある」
「それは、勿論。私も時に――今回ばかりは、カストル陛下については……、いい加減にしろ、凡愚め……と、思っていますからね」
「私はかなり前からそう思っているぞ。城でのシェザードの扱いを知ったときから、我が子を愛せないなど、最低な屑野郎め、とな。あれが悪いのか、それともグリーディアから来たあの女のせいかは知らないが」
「王妃アセラ・グリーディア。元々はあちらの国の一の姫ですね。グリーディアとの対話を行うには、うってつけの立場にあるくせに、何もしようとしない。それどころか、謁見の場にも顔を出そうともしない。此方の国に嫁がれたのがそれほど不満なのかと思っていました」
「母上は……、どうなのでしょうね。アルタイルのことは愛しているようでした。アルタイルと父と三人でいるときのアセラは、穏やかで落ち着いていたように思います。俺の顔を見ると、別人のように表情を凍らせていましたが」
「王家のことには、公爵家といえども口は出せない。……シェザードを何故蔑ろにするのかと、私は何度か進言をしたが、状況が変わることはなかった。それどころか『そこまでシェザードを気にするのなら、お前があれの面倒を見ろ』と言われて、望むところだ――と、啖呵をきった。そういうこともあって、ルシルとシェザードの婚約が決まったのだが」
お父様はそこまで言ってから、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「ルシル、お前にはずっと隠していたな。……余計なことを伝えたくなかった。周囲の事情はともかくとして、君たちには良い婚約者に――家族になって欲しいと思っていたんだ」
「お父様……、ありがとうございます。……私は、シェザード様の婚約者に選んで頂けて、幸せです」
「あぁ、今のルシルの顔を見ていれば分かる。それで……、ヴィクターのこと、本当に良いのか?」
「はい。それが必要なことなら、勿論。……それで、……私からもひとつ、お願いがあるのです」
私はお父様たちに、ヴィクターから聞いた教会の内情についてを話した。
ヴィクターは歪んでしまった。
――けれど、今からでも救うことができる子供たちは、沢山居るはずだ。
お父様とエアリー公爵は、深刻な表情で私の話を聞いていた。
それから、すぐに調査をさせると言って、挨拶もそこそこに部屋を出て行った。
ヴィクターとの面会は、私の気持ちが整い次第、ということになった。
私は大丈夫。
顔を見たら恐ろしい記憶が蘇るかもしれないけれど――、それでも、最後まで悔いの無いように生きたい。
箱庭は穏やかで、幸せに満ちていたけれど。
そろそろ、外に出なければいけない。




