長い冬
十二月、末日。
夏が過ぎ、秋が過ぎ、年末の式典は目前に迫っていた。
私が療養所から出たのは、雪は街に積もっているものの、透き通った空に日の光が優しく輝いている日のことだ。
私は白いロングスカートのワンピースの上から黒い羊毛のショールを羽織っている。
シェザード様は療養所にいるときは簡素な服装だったけれど、今日は久々に詰め襟の金の縁取りが美しい黒い衣服に、深い青色のマントを羽織っている。
「本当に、行くのですか? ルシル。あなたがそこまでする必要は……」
「ルシル。……体の傷は治るが、心の傷の治療は難しい。殿下が共にいるのだから心配はないだろうが、あまり無理をしない方が良い」
フランセス様とレグルス先生が、診療所から出る私たちを心配そうに見送ってくれる。
レグルス先生は、今ではすっかり街の方々に信頼される医師となった。
フランセスが手伝いに来る頻度も多くなっているようで、自然と顔を合わせる時間が増えたせいで、私とフランセス様はお互い快く思っていなかった過去が嘘のように、今では気安くお話をすることができる関係である。
「お二人とも、ありがとうございます。けれど、いつまでもここに閉じこもっているわけにはいきません。お陰様ですっかり元気になりました。だから、私は私のやるべきことを、しようと思うのです」
「ルシル……、私、ずっとあなたを誤解していましたわ。本当に、ごめんなさい。あなたは私よりも、余程強い方です。私、ルシルと同じ目にあったらきっと、怖くて、部屋から出られなくなっていたと思いますもの」
「私が強いわけではありません。シェザード様がいてくださったから、そして、皆がいてくれたから、こうして元の私に戻れたのだと思います。フランセス、私のために色々と配慮をしてくれましたよね、ありがとうございます」
「何もしていませんわ、私。私ができることは、フランセス・エアリーとして当然行うべきことですもの。……どうか、お気をつけて。お父様が街の警備の数を増やしたと言っていましたわ。街の治安も以前に比べて良いようです。私が街をうろうろしても、攫われない程度には、安全になったようですわ」
「……いくら止めてもエアリー公爵邸からここまで一人で歩いてくるのだから、ラムセス様も苦心しているのだろうな」
レグルス先生がため息交じりに言った。
その口調には、やや諦めが滲んでいる。
けれど、さほど悪くは思っていないようにも感じられた。
フランセスとレグルス先生が親しくなるなんて想像していなかったけれど、誰かが幸せになるのは嬉しい。胸の中に温かいものが広がっていく。
「フランセスが街の様子を見ることで、街の人々が安全に暮らせるようになったのですね。皆きっと、フランセスに感謝をしていますよ。診療所の天使と呼ばれているのですよね」
「まぁ……! ありがとう、ルシル! ルシルの姿を見かけたひとたちも、診療所の奥にもう一人天使がいるのかと言っていましてよ。レグルス先生は二人も天使を侍らせているのかと、良くからかわれていますもの」
「フランセス、殿下の前で、やめておきなさい。私は殿下を敵に回したくはない」
レグルス先生が、困ったように言った。
大仰に肩をすくめる仕草に、私は口元に手を当てて笑った。
二人が明るく振る舞って私を励まそうとしてくだっているのが感じられて、有り難かった。
「お嬢様、シェザード様、お気をつけて」
私たちが玄関から出るときに、ジゼルが火打ち石をカチンカチンと鳴らしてくれた。
古くから伝わっている、魔除けの呪いである。
実際に火花を飛ばすと火事になる危険があるから、鳴らすだけだ。
ジゼルのためにも、そろそろフラストリア家に帰らなくてはいけないと思う。
きっとジゼルも、カイザルさんに会いたいだろう。
二人は近いうちに結婚するかもしれないと、お父様がこっそり教えてくれた。
ヴィクターは、診療所のある街の北、エアリー公爵家の屋敷――というよりも、灰色の城を仰ぎ見ることができる大きな街の、罪人用の収容所にいるらしい。
雪に覆われた白い街は賑やかで、行き交う人々の服装もすっかり冬の装いに様変わりしていた。
道は歩きやすいように雪がどかされていて、踏み固められている。
道の端には雪が山のように積まれていた。
――長い冬だ。
三月の春風が雪を溶かすまで、カダールの景色は真っ白になる。
――春は、もうすぐ。
大切な人たちに大好きだと伝えながら――私は、私にできることをしよう。
知らず、シェザード様の手を握る手のひらに力が入っていた。
シェザード様は何も言わずに強く握り返してくれた。




