第54話
「ま、真紀子?」
そ、そんな捨て犬のような目をしたって駄目です!
「どれだけ私が悩んだと思ってるんですか!悪ふざけにも限度があります!あの人キスしてる時私と目と合いながら笑ったんですよ!!しかも私に挑発するような事言ってくるし!極め付きのあのブラジャーは何ですか!?完全にわざとでしょ!?本当は梨元先生は東雲先生の事好きなんじゃないんですか?東雲先生だって今までこんな子供染みた行動許してきたんですよね?そんなにあの人の事が大事なんだったらもう勝手にして下さい!お二人で傷の舐めあいでもなんでもしてればいいんです!」
「き、傷の舐めあいって、そんな事は…!」
「だってそうじゃないですか!梨元先生にはつらい過去があるから見捨てられないんでしょ?梨元先生だって東雲先生が自分に甘いってわかってるから調子に乗るんです!東雲先生が自分以外の女性に心を開くなんて思ってもないから自分は他の男と付き合っては困った事があるたびに東雲先生に頼ってくるんですよ!」
「…………。」
言いたい事を言った私は東雲先生の方を見てみると、先生はこれ以上ないくらい渋い顔をしてテーブルを見つめていた。
「……反論できませんね。真紀子の言うとおりです、俺は昔から綾香に頼られると断れないんです。蓮二にも甘やかし過ぎだって言われてはいたんですけどね、流石に貴女に言われると結構きますね」
自嘲気味に話す先生は手持ちぶさたなのかしきりにティーカップを持ったり置いたりを繰り返していた。
私はその様子を見ながら先生の言葉の続きをじっと待っていた。
「女性は苦手だ嫌悪の対象だなどと言いながら、綾香に頼られる事で自分の存在意義を確かめたかったのかもしれません……。情けない事に貴女という好きな人の存在がありながら綾香の我儘につきあってしまった俺は本当にどうしようもない奴です………弁解の仕様もありません。貴女に不快な思いをさせたまま、想いが通じ合った途端浮かれてプロポーズ紛いの事までして……、真紀子が呆れるのも当たり前だな」
「…………」
「…………」
「…………」
「……それでも、…………やっぱり真紀子を諦められない…………」
長い沈黙の後、顔を上げて目を合わせて言った言葉に少なからず驚きを隠せなかった。
言い過ぎかなと思う程言いたい事を言った自覚はあるし、彼らの過去の傷を理解していないくせに軽んじるような発言をしたかもしれない。
嫌われるまではなくても、一旦この関係は白紙に戻るかと思っていたのだ。
「どうして、私にそんなに執着するんです?」
我ながら意地悪な聞き方だとは思ったが今は少しも取り繕ってる場合ではない。
「執着?」
案の定先生の声音は剣呑なものになっていた。
「俺が貴女に執着しているって言うんですか?これだけ好きだって何度も何度も言っているのに、それを執着だって言うんですか!?」
「そうですよ!理由はわからないけど何かの琴線に引っ掛かった女をまた自分の存在意義とやらの為に利用したいんじゃないんですか!?言っときますけど私は簡単に頼ったり甘えたりしませんよ、そんな女で良いんですか?」
「違う!!そんなんじゃない!!………頼むから信じて下さい……俺は本当に貴女の事を愛してるんです!貴女が簡単に頼ったり甘えたりする女だなんて思っていませんよ、俺はもっと頼って欲しいぐらいなのに……。貴女は全然俺に甘えてくれない……、確かにこんな情けない俺じゃ頼りないかもしれませんが」
「そうですね、東雲先生がこんなにヘタレだとは思いませんでした」
「うぐっ!」
目に見えてわかる程落ち込む姿に笑いそうになってしまう。
「東雲先生の取り柄は顔と声だけですね」
「…………はっ?」
「だから、顔と声以外はダメダメだって言ってるんですよ」
「えっ?ちょっ、まっ、そんなっ、」
あっ、泣きそうな顔。
本当に情けない人だな。昨日まで、いや数時間前まで私はこの人は大人で何でもできて格好良くて私なんかには勿体無い程素敵な人なんだと信じてきっていたけど、実は妹に頼られなきゃ自分の存在意義すら確認できなくて、好きな人に告白しても信じてももらえないヘタレだなんて思ってもみなかったな。
本当にダメな人。
だけど――――
「……涼さんって呼んで良いですか?」
「え?」
「別に嫌なら良いです、今まで通り東雲先生って呼…」
「待て待て!嫌じゃないっ!嫌じゃないよっ!!それじゃあ……!!」
あっ、期待してる顔だな。
「梨元先生が涼、涼ってうるさいし、東雲先…涼さんだって綾香綾香って何回も……、それ聞くたびにお二人の絆の深さとか感じられて嫌だったんですよ!だからちょっと意地悪したかっただけです。めちゃくちゃ嫉妬してたんですからね!……ちょっと、なんでそんな嬉しそうな顔してるんですか」
涼さんの顔はこれ以上ないくらいの満面の笑みで、少ない取り柄である顔を充分に活用していた。
それよりも、そのわきわきしている手は何ですか?
「……また梨元先生を甘やかすようなら、私は家出しますからね……って、危なっ!落ちるって!ちょっと…!」
嬉しいのはわかるけど、そのでかい図体で覆い被さってこないで!
ここダイニングテーブルだから!
しかも横向いてるから背もたれがないの!
私のひ弱な腹筋じゃ、もう…、……あ、だめだ。
ガダンッ!
痛ったー……くない。……あれ?
「ごめん!大丈夫!?」
「私は大丈夫、ですけど、しの…涼さんの腕こそ大丈夫ですか?」
涼さんの重みで二人して倒れてしまった私はおもいっきり後頭部を床に打ち付けたと思ったのに、いつの間にか私の頭は長い腕で巻き込むように守られていた。
「ああ、こんなの全然平気!多分今なら刺されたって痛くないよ!!」
いやいや、それは痛いでしょう。
とうとう頭のネジまで取れちゃいましたか。
「そんな事より!本当に俺のお嫁さんになってくれるの!?」
「うっ!」
そんなキラキラした瞳でキュンキュンするセリフ吐かないで!
照れるっ!!
「……ダメ?」
だ~っ、もう!!
「なります!涼さんのお嫁さんになってあげますよ!どうせ私以外の女じゃ、こんなダメダメ男相手にしてもらえる訳ないんだから、貰ってあげま……んんっ!?」
そういえば今、私ってば床ドンされてたんだ。
呼吸困難に陥りそうなぐらいのキスをされながら、この頭に花の咲いた男は果たしてキスまでで止まってくれるんだろうかと疑念を抱かずにはいられなかった。
◇◇◇
「……で?そのままおいしく召し上がられちまった訳だ」
「う!そうですけど、そんなはっきり言わなくても良いじゃないですか!」
「何言ってんだ!充分オブラートに包んでるだろ?もっと分かりやすく言ってやろうか?お前らセッ…「あー!あー!」」
「すいませんでしたー!」
「くくくっ、だけどまあ、ホントにお前らくっつくとはな」
「散々煽っといて何ですか」
「だってよー、涼正はヘタレだしお前は処女だし?あっ、もう違うか、良かったな!」
「確かに涼さんはヘタレですけど、そうむやみに処女だとか言わないで下さいよ!セクハラで訴えますよ!」
「そうだな、こんな奴訴えて学校から追い出してやろう」
「涼正!?」「涼さん?」
「俺の大切な奥さんを苛める奴は早いとこ排除した方が良い」
「へいへい、勝手にやってくれよ。しかし、お前らまだ結婚してねーだろが」
「ああ蓮二、至急これにサインしてくれ。今から役所に行くからな」
「あん?役所って何………って、マジかよ」
「勿論。井上さんにもサインを頂いてきた。早くお前も保証人の欄にサインしろ」
「てめえ~!それがお願いする態度かよ!」
「そうですよ涼さん、一応お願いする立場なんだから形だけでも低姿勢で頼まないと」
「何気にお前も失礼だな!」
「すみません、一刻も早く貴女と名実共に夫婦になりたかったものですから」
「あっ、ちょっ、…だめっ、」
「おいおいおい」
「心配しなくても、誰も見てませんって」
「俺がいるだろーが!」
「ダメだったら…、あん!」
「だー!!やめろー!!ほらっ、サインしてやったから、さっさと行きやがれ!!」
「「ありがとう」ございます!」
ガラガラッ、バタン。
「……くそっ!バカップルが!!…………あーあ、涼正の奴、すっきりした顔しやがって。仙道の奴もよくあの涼正の歪みまくった性根を叩き直しやがったな。いや、治ってねーか。むしろ二人して厄介な事になってやがるんじゃねえか?ちくしょー、そしたらまた俺が面倒みなきゃいけねえじゃねえか!」
ガラガラッ、
「!! 井上さん!」
「早瀬先生、心中お察ししますがもうすぐ部活動の時間ですよ。早く行きなさい」
「はい………ちくしょう俺だって幸せになりてーよ!」
一応これで完結とさせて頂きます。
いきなり終わった感がなきにしもあらずですが、これ以上ダラダラ続けるのもどうだろうと思いまして。
この後の二人のイチャイチャな日常や他のキャラの日常なんかは番外編で描いていきたいと思います。
なにぶん初めての投稿で読みにくい点もあったとは思いますが、この拙い話を最後まで読んで頂いた方には心からの感謝を申し上げます。




