第三話 三三七拍子マナー
薄暗い夜明け、はるあきらはひとり部屋で考え事をする。
「相手の脅威をはかるなら、相手を知ること。
知を………、そして武を……。」
翌朝早くから、はるあきらの使いがやってきた。
「本日は野外訓練に参加するように」
とのことだった。
俺が検非違使のなんの訓練ができるのか、と考えながらも外に出る。
まさか、俺が逃げて追ってくるのか。
先日の様を思い出す。
……なんの需要もないだろう。
そう思い直す。
行ってみるしかない。
ドラムスティックを携帯鞄へ入れる。
いつでもスティック。
それが俺のスタイル……。
「おはようございます。
今日はじょう補佐官として活動してください」
有無を言わさず、はるあきらが言う。
「………じょう?」
「もう忘れたんですか?!」
はるあきらが驚く。
「い、いや、覚えてます………ええと、検非違使に追いかけられて…………」
「そこまで戻るんですか?
検非違使の長で私です!」
はるあきらに怒られてしまった。
申しわけない。
新しい名詞はなかなか覚えられない。
そういえばCEOとかCSOとかも、なかなか覚えられなかった。
じょうは早く覚えよう。
はるあきらは小さく咳払いをし、慣れた様子で指示する。
「今日は検非違使を二隊に分け、お互いをぶつけます。
貴方は片方の隊を指示してください」
「お、俺がですか?!」
検非違使を見る。
ざっと二百人。
「む、無理です」
「反意ありとみ――」
「やらせていただきます!!!!」
はるあきらが言い終わる前に返事をしていた。
自軍百人を前に圧倒される。
百人相手にコミュニケーションが取れるとは思えない。
ふと、思いつく。
「………す、すみませんが、一つお願いが………」
自軍のスタート位置に付き、説明を行う。
戦場に立ったことはない。
だが、ライブハウスで百人の前に立ったことならある。
マイク無しで百人に声を通すより、
「太鼓の音を聞いて動いてください!」
この方が早い。
大太鼓と銅鑼を借りる。
銅鑼はスタート音とした。
一定のリズムで大太鼓を叩く。
ドン、ドン、という音が耳に、身体に響く。
バラバラに立つ検非違使たちがこちらを振り返る。
「それでは聞いてください」
……入りの言葉を間違えた。
だが、特に気にしない。
「三三ーーー七拍子」
ドドドン、ドドドン、ドドドドドドド
「二三ーーー七拍子」
ドド、ドドド、ドドドドドドド
検非違使たちは聞いたことのないリズムに目を見開く。
一部の者が手を叩き始める。
よしおは大声を張り上げる。
「我軍の勝利を祈ってーーー
フレーフレー我ーがー軍!!」
自分で合の手を入れながら太鼓を叩く。
「はるあきらの健闘を祈ってーーー
フレーフレーはーるーあきらー!!」
検非違使たちがこちらを向き、それぞれ驚きの表情を浮かべる。
嘲笑するもの。
驚くもの。
ただ黙って見つめるもの。
太鼓をドドンと打ち鳴らす。
一瞬音を切り、小さな音から大きな音へと変わるよう連打する。
面打ちに縁打ちを混ぜる。
オーディエンスが乗りやすいリズムを意識する。
ドン、ドン、と腹に響く低音。
そこへ乾いた縁打ちを差し込む。
タン、タン、と高い音が跳ねる。
タン、タン、ドドドドド――。
足が、呼吸が、自然と揃ってゆく。
検非違使たちがこちらを見る。
―――オーディエンスを乗せるのはドラムの仕事だ。
リズムに合わせ身体を揺らすもの。
怪訝な顔をするもの。
ただ黙って見つめるもの。
それぞれの意識が、少しずつこちらへ集まっていた。
―――俺に……今、できることはこれだ!
よしおは銅鑼を叩いた。
一瞬、軍勢の息がそろう。
一斉にはるあきらに向けて走り出す。
しかし、はるあきらは正面を見据えたまま静かに言う。
「全員、整列せよ」
数メートルの間に、よしおの軍勢が迫る。
彼らは普段の様子とは明らかに違う高揚感を従えていた。
「魚鱗の陣! 構え!
一点突破! 狙うは大将首のみだ!!!」
ただ向かってくるのみのよしおの軍は、はるあきらの軍勢になすすべもなく前線から崩される。
さらに二手に分けられ、もはや戦線すら保てなかった。
次々と自軍を突破される。
一昨日よしおを捕らえた検非違使に、また捕まった。
「聞いたで。
自分、はるあきら様の健闘を祈ったって」
応援合戦でのマナーであるが。
「はは、けったいやな」
一昨日の剣幕とは明らかに違う笑顔を浮かべながら言う。
しょっぴかれたときより、腕を掴む力が優しい。
自軍の者たちは疲れ果て、あるいは捕らえられ、膝をついていた。
よしおは申し訳なさを感じ、下を向く。
相手軍は、まるで疲れを見せなかった。
遠巻きによしおを興味深そうに見ている。
「はるあきら様に勝てるわけないのに、健闘って……」
「相手を鼓舞するとは中々肝が据わっている」
「みろ、あの情けない姿」
「俺は良いと思うけど」
口々にさまざまなことを言っていた。
はるあきらは、よしお側へ入れた側近に話を聞いていた。
「健闘を祈ると言っていたのですか?
わたしは敵軍ですよ。敵相手に?」
「は、間違いなく聞いております」
相手を鼓舞するほどの余裕がありながらの惨敗。
そして、高くあった敵軍の意志。
はるあきらは一人つぶやく。
「私の陣を鼓する意味は……?
何か隠し事があるのか……?」
はるあきらへ応援を送ったよしおを、バカだと笑う者もいれば、見どころがあると評する者もいた。
「………なるほど。
人心掌握は出来るのか……しかし……」
はるあきらは、よしおを見つめる。
「……必ず暴いてみせる……」
と、つぶやいた。
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