天国からの遣い
私は戻って来た。
思い出の地へ。
彼を亡くして、3年の月日が経った。初めて彼に出会った思い出の地。
幼き頃の思い出。
変らない。風に揺れる草葉と秋の香り。
「サクちゃん、私、戻って来たよ。教えてよ。私はどうしたらいいの?」
私は誰に話しかけているのだろう。
彼は死んだのだ。私を残して、遠い、遠い、天国へと旅立った。
「サクちゃん、私…」
鮮やかなオレンジ。秋の夕焼けが私を優しく包む。
私は見えない何かを掴もうと手を伸ばしていた。
秋の夕焼けに。
その指先に一匹の赤とんぼが止まる。動けなかった。
『アヤカ、自分の道を人生を進め』
「サクちゃん?」
誰かの声が私の頭の中に響く。
私には声の主がわかっていた。
忘れられることの出来ない優しい声。
優しい彼の声だ。
「聞こえるよ、サクちゃん」
『アヤカ、過去を振り返るな。俺のことは忘れて前へ進め』
「何言ってるの? サクちゃん。忘れることなんて出来ないよ」
『俺は死んだが、アヤカの思い出の中で生きている。前へ進め』
「嫌よ。忘れない」
『アヤカは変わらないな。俺はそんなアヤカが大好きだった』
「サクちゃん…」
『大丈夫だ。アヤカは一人ではない。前へ…進め…未来へ飛ぶんだ』
秋の風が私を包む。
「あっ、……」
指先に止まっていた赤とんぼは、風に乗り、空に昇った。
気がつくと、夕焼け空いっぱいの赤とんぼが。
私は一人ではない。
「サクちゃん、私、忘れないよ。ずっと忘れない」
その時、鞄の中のスマートフォンが着信を告げた。
赤とんぼは、その音に驚いたかのように、秋の空に消えた。
スマホを取り出し耳に当てる。
「はい」
「アヤカさん、僕です」
「ユウ君? どうしたの?」
「僕は貴女に伝えなければいけないことがあります」
「うん? 何?」
「僕は…」
「うん」
「僕は貴女を…」
「うん…」
「僕はアヤカさんを愛しています」
「…うん、ありがとう」
私は一人ではなかった。
電話を切る。
「サクちゃん、ありがとう。私、前へ進むね。でも、忘れないよ」
夕焼けは色を変える。
秋の夜空。星の光のシャワー。
優しく、温かい星の光。
「ありがとう、サクちゃん」
天国からの遣い




