黄色い臭いと現実の重さ
家へ戻る道すがら、メイヤの足取りは重かった。
つい先程までの高揚感――温泉!という一文字で爆上がりしていたテンションは、影も形もない。
「…………」
完全に、どんより、である。
その様子を横で見ていたミュネは、明らかに困惑していた。
「メイヤ様……?」
「大丈夫ですか?」
その声に、メイヤは一瞬だけ顔を上げる。
「……大丈夫」
声に力はない。
玄関先には、荷馬車から降ろされた袋が積まれていた。
黄色く、粉っぽく、そして何より――
「……くっさ」
ミュネは思わず鼻を押さえた。
「メイヤ様、この……外に積んである黄色い、臭いやつ……」
「必要なんですか?」
「……うん」
即答だが、覇気はゼロ。
その返事に、ミュネはさらに首を傾げた。
(必要……だけど、嬉しくなさそう……?)
部屋に戻ったメイヤは、椅子に腰を落とすと、そのまま机に突っ伏した。
「はぁ……」
深い、深いため息。
まさか、こんな方向に話が転がるとは思ってもいなかった。
――温泉。
――硫黄。
――黒色火薬。
「……ほんと、何やってんの私」
頭の中で、さっきの光景が繰り返される。
領境。丘の上。出城の話。クロスボウ。バリスタ。
(全部……戦いの準備じゃない)
元の世界の感覚なら、完全にアウトだ。
子供が考えていい話じゃない。
ましてや、実行に移すなんて。
でも。
「……ここは、異世界、なのよね」
争いが現実に存在する世界。
備えがなければ、奪われる世界。
ゴアゴア紙を一枚、机に広げる。
メイヤは、鉛筆を手に取った。
カリ、カリ。
殴り書きに近い文字で、思考を吐き出す。
・出城は防衛目的
・先制攻撃はしない
・威嚇と抑止
・火薬は最終手段
・使用判断は領主のみ
「……こんな言い訳みたいなの」
自分で書いて、自分で苦笑する。
「でも、ちゃんと線引きはしないと……」
戦うために生きてきたわけじゃない。
のんびり暮らすために、ここまで頑張ってきた。
「……それなのに」
気付けば、戦いの準備をしている。
「温泉に気を取られてたとはいえ……」
出城だって、立派な軍事施設。
クロスボウだって、人を殺せる。
「はぁ……」
また、ため息。
ミュネは、そっとお茶を置いた。
「……メイヤ様」
「今日は、もうお休みになっては?」
メイヤは、少しだけ首を振った。
「……ううん」
「帰ったら……」
ゴアゴア紙の束をまとめる。
「お父様に、話す」
「ちゃんと」
逃げるわけにはいかない。
決める立場にいる以上、責任もセットだ。
「……私がやってることが」
「間違ってないか、確認しないと」
ミュネは、静かに頷いた。
「はい」
メイヤは立ち上がり、深呼吸を一つ。
机の上には、黄色い臭いの原因と、殴り書きの現実が、並んで置かれていた。
それを一瞥してから、扉へ向かう。
「……ほんと」
「のんびり生活、遠いわね」
そう呟いた声は、どこか諦めと、それでも逃げない覚悟が混じっていた。
メイヤは、父の元へ向かう。
自分が踏み込もうとしている世界を、きちんと説明するために。




