地図の果てと即席の城
メイヤは執務室の机いっぱいに広げた最新版の地図と、にらめっこをしていた。
「…………」
無言で指を滑らせる。
「………………」
もう一度、端から端まで確認する。
「……ねえミュネ」
「はい?」
「……うちの領地、どんだけ広いの?」
「今さらですか」
冷静に返されてメイヤは、ぐぬぬと唸った。
版画による地図整備はかなり進んだ。
森、平野、川、村、畑、鉱脈候補地。
だが――
「まだ“端”が出てこないんだけど?」
「元々かなり広いと聞いております」
「“かなり”で済ませていい規模じゃないわよこれ……」
領主家に伝わる古い地図は、正直あてにならなかった。縮尺も曖昧、方角も怪しい。
だが学術員たちが測量を進め、版画で整えていくにつれ、ようやく“実像”が見え始めてきた。
「……あ」
ふと、メイヤは地図の一角で手を止めた。
「湖……?」
今までぼんやりとした水場として記されていた場所。だが今回の地図では、はっきりとした輪郭を持つ“湖”として描かれている。
「湖があるとは聞いてたけど……やっと場所が確定したのね」
湖は資源だ。水、魚、輸送、観光(?)。
メイヤは満足そうに頷き――そのすぐ横の、小さな奇妙なマークに目を留めた。
「……この記号、何?」
ミュネが地図を覗き込む。
「ええと……学術用の注釈ですね。“高温水域”……」
「……高温?」
メイヤの脳内で、点と点が一気に繋がった。
「熱い池……?」
「はい。そう記されていますが……」
メイヤの口角が、にやりと吊り上がる。
「……まさか」
「……」
「……温泉!?」
バンッ!
机を叩く音が響いた。
「ある!ここに温泉がある可能性が高い!!」
「メイヤ様、声が……」
「温泉よ!?この世界で温泉よ!?見に行かないとダメでしょこれは!!」
ククク、と怪しい笑みを浮かべながら地図を抱きしめた、その瞬間――
「メイヤ、来なさい」
扉の向こうから、父――の声がした。
「……何かしら」
嫌な予感を覚えつつ、メイヤは地図を丸めて立ち上がった。
重たい話。
執務室には、父の他に二人の男がいた。
近衛隊長。機構隊長。
「……あ」
温泉の話どころではない、と一瞬で察した。
「座れ」
父の声は静かだが、重い。
「領境の警備強化について、具申があってな」
メイヤは椅子に腰を下ろし、機構隊長を見る。
「説明します」
隊長は簡潔に、だが丁寧に話し始めた。
王都での不穏な動き。
度量衡統一に反発する商人たち。
反王族派との接触。物流ルートの変化。
「……この領地を経由しない流れが、既に出来始めています」
「エドラン領が、こちらと本格的に組んだ結果です」
メイヤは腕を組み、黙って聞いていた。
「となると、不満を持つのは?」
「……ガリオン領」
メイヤも即答した。
通行税で成り立つ領地。
その収入源が、静かに削られている。
「彼らが、何もしないとは考えにくい」
「最初は偵察でしょう」
近衛隊長が補足する。
「商人を装っての情報収集。あるいは――不法侵入」
メイヤは、少しだけ目を細めた。
「……なるほど」
確かに、警備を厚くするのは正解だ。
だが――
「大規模な防衛施設を今すぐ建てると、“警戒してます”って宣言するようなものよね」
二人の隊長が、同時に頷いた。
「ええ」
「だからこそ、様子見を――」
「ううん」
メイヤは、軽く手を挙げた。
「接触してからでいいわ」
二人が、同時に目を向ける。
「接触して、“敵意が明確になった瞬間”に、一気に固める」
「……一気に?」
「そう」
メイヤは、くるりと椅子を回し、地図を広げた。
領境付近を指で叩く。
「出城的なものを、即席で建てる」
「出城……?」
「事前に全部作る必要はないわ」
メイヤの目が、仕事モードに切り替わる。
「柵、櫓、簡易壁――パーツを規格化して、あらかじめ作っておくの」
「それを……?」
「荷馬車の強化型に載せておく」
機構隊長の目が、わずかに見開かれた。
「つまり……」
「“動く建築資材庫”よ」
メイヤは、にっと笑った。
「接触確認→輸送→即建築開始。数日で、簡易防衛拠点を完成させる」
「……なるほど」
近衛隊長が唸る。
「敵に悟られず、必要になった瞬間だけ、牙を剥く」
「建築は、うちの得意分野だもの」
メイヤは肩をすくめた。
「今さら柵や櫓なんて、慣れたものよ」
父は、しばらく黙っていたが――
「……実行可能だな」
そう言って、頷いた。
「準備だけは進めておこう」
「はい」
メイヤは元気よく返事をした。
温泉は……その後ね。
地図の端に、こっそりと印を付けながら。
領地は広い。資源も多い。
狙われる理由は、もう十分すぎるほどある。
だからこそ――守る準備を、静かに整える。
嵐が来るなら、迎え撃つだけだ。
その頃、メイヤの頭の片隅では――温泉と、露天風呂と、休日計画が、しっかりと温められていた。




