木工爺さん近衛隊長の前に
野営予定地で、近衛隊長ラガルドは到着直後の書類確認に追われていた。
前線育ちの彼にとって、机仕事は戦場以上の敵である。眉間に皺を寄せたまま簡易テーブルで羽根ペンを走らせていると──
「フォフォ。隊長さんや、ちと良いかの?」
まるで影のように気配なく、木工師の老人が背後に立っていた。
「……ッ!? な、何故あなたがここに……」
「どこにおっても同じよ。足はまだまだ耄碌しておらんでな」
ラウフェンが警戒の視線を送る間も、老人は勝手に簡易椅子込み、机の端を軽く指で叩く。
「さてのう。お主らのクロスボウだが、まだ完成はしておらん。が、子供用の試作一号と二号は領主様が持っておる。使い勝手を確かめるには充分じゃろうて」
「……既にそんな物まで?」
「フォフォ。急ぐべきは国の方じゃからな。で、じゃ」
老人はピシッと隊長を指差した。
「手が空いた時で構わん。わしに声をかけて欲しい。弓の扱いが上手い奴数名と、下手くそな奴数名を連れてくるんじゃ」
「……上手いのは分かるが、下手くそを?何故?」
「下手な奴にも上手く扱えるようにするためじゃよ。お主ら近衛は腕が立つ。じゃが戦が始まったら、真っ先に前に立って死ぬのも上手い奴らじゃ」
ラウフェンは返す言葉を失った。老人はそれを楽しむ様にニヤリと笑った。
「隊長さん、落ち着いたら来ればよい。フォフォ……そうじゃ、先ほどの機構隊長と学術長にも同じ事を言ったが──」
突然、老人の表情が変わった。
さっきまでの飄々とした老人ではない。
鋭い、獲物を貫くタカのような眼光がラガルドを射抜く。
「お主も、本来の任務を忘れるな」
「……っ!」
「護衛とは、剣や盾を構えるだけの仕事ではない。守る相手の“未来”を読むのも任務のうちよ。国が動く時、お主らの『判断』ひとつが領地を救うそして国を。肝に銘じておけい」
その視線に、歴戦の隊長が思わず背筋を伸ばした。
老人は再び「フォフォ」とだけ笑い、まるで煙のようにその場を去っていった。
静寂だけが残る。
ラウフェンは茫然と立ちつくし、首筋から汗がつっと流れ落ちた。
「あの老人……一体何者なんだ……」
木工師の爺の言葉を受けたラウフェンが、ようやく我に返った。
「……あの老人……何者なのだ……?」
剣で語る彼が、ここまで圧倒されたのは人生で二度目だった。
一度目は──王だ。
そして二度目は、あの木工の老人。
ラウフェンの胸に、不思議な予感が生まれていた。
(この領地……変わる。とんでもない速度で……)
その中心にいるのは、老人か、それとも──あの少女達か。
答えはまだ誰にも分からなかった。
一方その頃──
リディアとメイヤは、クラスメイト20名を領内案内に連れ出していた。
「こ、ここが村の中心部、です……」
メイヤが言うと、村の子ども達が走り回り、農民が荷車を押し、遠方からは仮宿舎を建てる木槌の音が響く。
クラスメイト達は固まっていた。
「……え……ここ……本当に領都なの……?」
「想像してたのと……ちょっと違うわね……」
「違うなんてもんじゃ……」
リディアは頬を赤くし、メイヤは軽く涙目だ。
そんな中、ひとりの男子学生がぽつりと呟いた。
「でも……好きかも。こういうの」
その言葉に、メイヤの肩の力がふっと抜けた。
「み、皆……領主館で宿泊と食事の準備は万端です!だから大丈夫、です!」
するとクラスメイトの1人が少し笑った。
「……メイヤが言うなら、信じるよ」
―――――
一方、学生以外の本隊は既に野営予定地へ到着していた。
学術隊は到着するや否や、すでに散開して“未知の村”を観察し始めている。
「土壌の粒度、王都の報告と違うぞ!」
「ここ、湿地帯が近いのか!?植物相が変だ!」
「ちょ、ちょっと!標本勝手に採るなー!」
指揮もまとまらぬまま、学者達は野生動物のように散り散りへ。
近衛達はそれを見て、「毎度のことだ」と淡々と野営の準備を始めた。
大きな鍋が据えられ、火が点り、槍が突き立てられ、次々とテントが張られていく。
その姿は小さな軍隊の前線基地そのものだった。




