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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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海は逃げ道ではなく道になる

港は、朝から騒がしかった。


「おい、固定まだか!?」


「帆の張り、確認もう一回!」


「積み荷は軽めだぞ、今日は試航だ!」


怒鳴り声と笑い声が入り混じり、潮の匂いが強く漂っている。

これまで漁船しか並んでいなかった桟橋に、ひときわ異質な船があった。


細身の船体。

漁船よりやや長く、しかし幅は抑えられている。

帆は一枚、だが形状が工夫され、風を逃がさない。


――小型高速輸送船・一号。


メイヤは少し離れた場所から、それを眺めていた。


「……思ったより、ちゃんと“船”ね」


「当たり前だ」


横で腕を組んでいるのは、造船に関わった年配の漁師だ。


「最初は、嬢ちゃんの絵を見た時は正気かと思ったがな。でもよ……」


船体を軽く叩く。


「重心も、舵の反応も、悪くねぇ。“走る船”だ」


メイヤは小さく息を吐いた。


(模型とは、だいぶ違うんだけどね……)


前世では、瓶の中に帆船を作るのが趣味だった。

構造を考え、縮尺を守り、バランスを取る。


それが、まさか現実で役に立つとは思っていなかった。


「今日はあくまで“試し”です」


隣に立つ文官が言う。


「王都へ直接向かうわけではありません。沿岸航行で、半日程度」


「ええ。無理はしないで」


メイヤは頷いた。


この船の役割は、まだ「速さを見せる」ことだけだ。

危険を冒す必要はない。


出航の合図がかかる。


帆が張られ、船はゆっくりと桟橋を離れ――

風を受けた瞬間、はっきりと加速した。


「……速いな」


思わず、近衛隊長が呟く。


「漁船とは別物だ」


「ええ」


機構隊長も頷く。


「積載量を抑えれば、連絡船としても使えますね」


二人は、同じことを考えていた。


(軍事用途にも、転ぶ)


だが、誰もそれを口にしない。

今は言う必要がないからだ。


船は水平線に向かって、小さくなっていった。



その日の午後。


領主館の執務室では、静かな作業が進んでいた。


「これが、王都宛の申請書です」


文官が差し出した書類の束。


・新規海上航路の開設申請

・目的:物資流通の安定化

・内容:食料、日用品、登録済み工芸品

・安全対策:王都側検査受け入れ、定期報告


どれも、極めて“真っ当”だった。


「……反対しづらい内容だな」


領主は苦笑する。


「反対したら、“なぜ?”って聞かれますからね」


文官が淡々と言う。


「災害時の補給路確保、とも書いてありますし」


「それも事実だ」


海路は、逃げ道ではない。

陸路が詰まった時の、もう一つの“生活線”だ。


「王都側の反応は?」


「恐らく、様子見でしょう。ですが、申請自体を却下する理由はありません」


領主は頷いた。


「……よし。出せ」


判子が押され、書類は封筒に収められる。


その場にいた誰もが分かっていた。


これは、ただの申請ではない。


(盤面を一段、押し上げた)



夕刻。


港に戻った船は、問題なく帰還した。


「操船、良好!」


「風が変わっても安定してたぞ!」


船員たちは興奮気味だ。


「王都まで、行けそうですか?」


メイヤの問いに、船長役の男が即答する。


「行ける。正式に許可が出れば、な」


その言葉に、港の空気が少し変わった。


「……王都、か」


誰かが呟く。


陸路では遠く、関所や通行税に縛られる場所。

それが、海の向こうに“繋がる”。


「でもよ」


漁師の一人が、ふと眉をひそめる。


「北側が、黙ってるとは思えねぇな」


その場が、一瞬静まる。


メイヤは、少し考えてから答えた。


「だからこそ、正式にやるんです」


全員が、彼女を見る。


「隠れたり、誤魔化したりしない。王都に申請して、認めさせる」


「……なるほど」


近衛隊長が腕を組む。


「手を出しづらくするわけか」


「はい」


メイヤは、静かに言った。


「“正しいこと”をしている限り、向こうが強いカードを切るほど、無理が出ます」


それは、幼い見た目には似合わない言葉だった。


だが、誰も反論しない。



その夜。


機構隊長は、報告書を書いていた。


・小型高速船、試航成功

・航路開設申請、王都提出済み

・軍事的意図なし(表向き)


最後に、私的な一文を添える。


(この領地は、逃げ道を作っているのではない。相手に“選択肢を与えない道”を作っている)


封を閉じ、深く息を吐く。


北側が、次に何を切ってくるか。

それはまだ分からない。


だが。


(もう、こちらは動いた)


港の方角を見る。


波は穏やかで、灯りが揺れていた。


日常は続いている。

子供たちは学校へ行き、職人は働き、船は走る。


その“当たり前”を守るための布石が、

今、確かに打たれたのだった。


――海は、逃げ道ではない。


この領地にとって、

新しい「正面の道」になりつつあった。

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