二度目の訪問、そして“条件”
二度目は、早かった。
最初の訪問から、まだ五日も経っていない。
「……また、あの商人か?」
門番が小さく呟く。
前回と同じ男。
同じ荷車。
同じ、にこやかな笑み。
「ご無沙汰しております」
男――カイルは、慣れた様子で頭を下げた。
「今回は、少し正式な話がありまして」
その一言で、門番の背筋が伸びた。
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領主館・応接室。
「商人が、面会を?」
「はい。“取引の相談”とのことです」
文官の報告に、ガルドは眉をわずかに寄せた。
「……通せ」
逃げも拒絶もしない。
それ自体が、この領地の答えだった。
⸻
応接室に入ったカイルは、深く一礼した。
「改めまして。北側、ガリオン領所属の商人、カイルと申します」
「前回も聞いた」
ガルドは静かに答える。
「今日は何用だ」
「単刀直入に申し上げます」
カイルは、間を置かなかった。
「この領地を通過する物資について――北側領への優先的供給をお願いしたい」
空気が、わずかに張り詰めた。
「具体的には?」
「鉛筆、紙、強化荷馬車の改修技術。それらを“通常価格”で、継続的に」
「……それは、要求か?」
「提案です」
カイルは笑った。
「我々は、貴領の発展を高く評価しています。
敵対する理由は、ありません」
ガルドは、視線を逸らさない。
「だが、見返りがない話ではあるまい」
「ええ、もちろん」
カイルは、そこで一拍置いた。
「通行税の優遇。そして――北側街道の“安全保障”」
その言葉に、同席していた近衛隊長の目が細くなる。
「脅しに聞こえるが?」
「いえいえ」
カイルは、肩をすくめた。
「北側は、通行税で成り立つ領地です。流れが変われば……色々と、起きやすくなる」
言外の意味は、明白だった。
⸻
沈黙。
その中で、領主はゆっくりと口を開いた。
「我が領地は、自由交易を基本としている」
「承知しております」
「特定の領だけを優遇するつもりはない」
「……そうですか」
カイルは、一瞬だけ表情を消した。
だが、すぐに元に戻る。
「では、条件を変えましょう」
「?」
「“技術そのもの”ではなく、完成品の一部。
数量限定で構いません」
「……」
「貴領にとっては負担にならず、我々は“様子を見る”ことができる」
それは、譲歩の形をした“試金石”だった。
⸻
その時。
応接室の扉が、控えめにノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、メイヤだった。
「……話、聞こえちゃって」
領主が一瞬、目を見開く。
「メイヤ――」
「大丈夫。表には出ない話じゃないでしょ?」
彼女は、カイルを見た。
「商人さん。質問してもいい?」
「もちろん」
「“様子を見る”って、何を?」
カイルは、少し驚いた顔をした後、正直に答えた。
「この領地が、“どこまで本気か”です」
メイヤは、頷いた。
「なら、答えは簡単」
彼女は、静かに言った。
「私たちは、売るけど、縛られない」
カイルの眉が、僅かに動く。
「数量限定で、公開済みの商品だけ。登録済みで、誰でも正規ルートなら買えるもの」
「……つまり」
「特別扱いはしない。でも、拒否もしない」
一瞬の沈黙。
そして、カイルは――笑った。
「なるほど」
「それが、この領地の線引きです」
メイヤは言い切った。
「越えたら、分かる。越えなければ、問題ない」
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応接室を出た後。
近衛隊長が低く言った。
「……踏み込んできましたな」
「ええ」
機構隊長も頷く。
「ですが、まだ“交渉”の範囲です」
メイヤは、窓の外を見た。
校庭で、子供たちが走っている。
「ここを守るためなら」
小さく、呟く。
「線は、私が引く」
その頃。
カイルは宿で、二通目の書状を書いていた。
一行目だけ、前回と違う。
『当該領地、交渉能力あり。指導者層に迷いなし。――正面からは、崩れない』
影は、さらに一歩、近づいた。
だが同時に――
この領地が、簡単には折れないことも、証明されたのだった。




