幕間6
「出涸らし勇者とエルフのお嬢さん」の少し前の話です。
ドリューが鼻歌を歌いながら、つい先ほど仕留めた鱗のある魔物の皮をバリバリと剥いでいた。
「あれ、食べないと駄目?」
「……あの種族だと鶏みたいな味ですからいけますよ」
「俺、酒があるから飯要らん」
「やめてください。魔術師が空腹で倒れたら私たち全滅ですよ」
こちらがひそひそと話しているのを尻目に、ドリューは斧で、筋肉が剥き出しになった魔物を端から刻んでいった。瞬く間により無残な代物になっていく。
魔王城を目指している俺たちはとある森で野宿していた。野宿はまあ当然だ。大陸の果ては魔族の領域だ。人間が泊まれる宿屋などあるはずもない。
当然食料も自分たちで何とかしないといけない。保存食もあったが、味はまずいし、この先どのくらい必要になるかもわからず、節約が必要だ。
なので、俺たちはその辺によくあるやつーー魔物を食材にすることにした。
「レオさんを気遣って肉団子にしようとしてますよ、彼」
「……気遣われてるのか?」
昔読んだ人間が肉団子にされる漫画を思い出しそうになって、俺は慌てて違うことを考えようとした。魔物を食うけれどめちゃくちゃ美味しそうなグルメ漫画があった。ああいう感じだといいな。あ、あれもちょっと人間食べるわ! う……もうやめよう。
その間もドリューはテキパキと調理を進める。
「ドリューって料理上手ですよね」
「そうだな、あいつは俺たち三人の胃袋を掴みやがった」
前にご馳走になったケーキも美味しかったなあ。でもあれは普通の食材だった。
グレンはちらりとクリスを見やる。
「そこの生臭坊主はまったく料理できねえし」
「あなたも出来ないですよね」
にこにことほほえみながらも、額に青筋を浮かばせてクリスは言う。
なかよしだな、こいつら。
ドリューの調理風景を俺はぼんやり眺める。
そういや、誰かが食事を作ってくれるのをゆっくり眺めるなんていつぶりだろう。
修道院は当然各自仕事が割り振られていたから、他人の仕事をぼんやり眺めるなんて出来なかった。あっちにいた頃はそもそも俺は一人暮らしだ。なお、自炊は全くしなかった。さらにその前は……やめた。
まあ、つまりは相当久しぶりだった。
なお、ドリューは当初は自分だけ炊事をさせられるのに不満を持っていた。が、俺もグレンもクリスも調理に関してはあまりに役立たずだったので、大人しく待っていてくださいと言われることとなった。
「皆さんごはんできましたよ」
ドリューの声に俺たちは火の回りに集まる。ドリューは鍋の中身を椀によそって、俺に渡した。なぜかいつも俺が最初に貰う。俺はそれを素直に受け取る。椀の中には俺の知らない野草と団子の形にした肉がぽこぽこと入っていた。うまそうな香りがする。原型と調理途中の姿が頭を過るが無視した。
「ありがとう」
「いえいえ、今日はお代わりもあるので沢山食べてくださいね。レオは痩せすぎですから」
俺は筋肉隆々たるドリューの身体を見た。まあ、戦士よりは劣るだろう。グレンは魔術師だがそこそこ身体を鍛えて胸板がなんか厚かった。僧侶のクリスなら俺と変わらないーーこともなく、あいつもあいつで鍛えているらしく、裸になったらそこそこ凄かった。異世界こわい。
言っておくが俺は元の世界なら標準体型だからな!
俺は地面に座る。
「グレンさんは肉少なめですから」
「おい」
「代わりに草いっぱい食べてください。クリスが採ってくれた薬草ですよ。お酒控えないならこのくらい食べてください」
「うるせえ」
とは言いつつグレンも椀を受け取る。
「クリスは肉残さないでくださいね」
「私は肉はあまり……」
「体質的に駄目なんじゃないでしょ? この旅の間は栄養足りなくなりますからね、頑張ってください」
「……はい……」
クリスはグレンには食って掛かるし、俺には嫌味を垂れるがドリューには当たりが柔らかい。ドリューだからな!
最後にドリューは自分の分をよそって、座った。
グレンはすでに食べ始めていたが、クリスと俺はドリューを待った。
「いただきます」
「日々の糧に感謝を」
俺は日本流、クリスは祈りの文句を、ドリューは黙って目を瞑る。それから、ずぞぞとグレンが汁をすする音がする。
俺はスプーンでまず肉団子を掬う。えいやっと口に放り込む。途端に肉汁がじゅわっと広がる。
「うま」
「美味しいです、ドリュー」
「悪くはないな」
「よかったです」
全員絶賛する中、ホッとした様子でドリューは言った。
俺たちは焚き火を囲んで魔物の肉団子汁を堪能した。
魔王城が近いのにこんなんでいいのか、たまに不安になる。が、まあ、食べないと出来ることも出来なくなるからな。
アシュリーも同じように飯を食っているんだろうか。
俺はまだ会ったことのない、ある意味でもう一人の俺である人に思いを馳せた。が、やはり会ったことがないから、具体的に想像出来なかった。
「もう、また残してる」
どことなく甘えた声音の口調でエイヴァは言った。
「あとで食うよ」
私はエイヴァの方を見ずにそう言った。
窓辺にいる私のところに彼女もやって来た。ふわりと良い香りがした。
「何見てるの?」
私は明け放たれた窓から森を見下ろしていた。
横目でエイヴァを見る。彼女は不思議そうな表情をすると、途端に幼く見える。実際、エイヴァの種族に換算すると、自分よりも遥かに幼いのだが。
「懐かしい風を感じたくて」
エイヴァは渋面を作り、「意味わかんない」と言った。
私はそれに口だけで笑みの形を作った。
「じきにわかるさ」
なんなの、もう。
小さくエイヴァは呟いた。
私は彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。猫みたいな柔らかくてふわふわで触り心地が良かった。
「ちょっと、髪崩れる。やめてったら」
「悪い悪い」
エイヴァは頬を膨らませる。
それに私の笑みは深まる。
かわいい子。
重すぎる重荷を自ら背負うと決めた浅はかで愚かしく、愛しい子。
私はお前のために最後の持ち物をやろう。
明日、全てがあるべき形に収まる。
狂ってしまった物語を正しき結末へ。
そんなクソったれなことに私は己の命を使う。
でも、これは、唯一私が私の意志ですること。
勇者、お前は一体どんな奴なんだろうな。




