第96話 死という救い
翌朝
目を覚ますと、見慣れぬ天井を見上げながらボーッとしていた。
『おはようさん』
『おはようございます』
『おっす』
『おはよ~』
私が目を覚ましたことに気づいた4人が、それぞれに挨拶してきた。
「おはよう」
『イリーナは既に治癒院に行ったぞ』
「ぇ」
『急患だって~』
それなら仕方ないのかな?
『キッチンにパンとスープが用意されていますよ』
体を起こし、布団など寝具をカバンの中に入れてからキッチンへ向かった。
キッチンに入ると、机の上にはアクアの言っていた通り、パンとスープだけではなく、鍵とメモ書きも置かれていた。
メモには“ごめん、先に治癒院行っています”とだけ書かれていた。
「急患って何か分かる?」
『既に手遅れだな』
「ぇ? どんな病気とかケガなの?」
『何らかの原因で体を作る設計図が変異するんだ。それで生まれる異常な細胞が増え続けたり、体のあちらこちらに転移するんだよ。最初は増殖して特定の臓器だけにとどまるが、次第に周囲の臓器にも影響を与えるようになる。そしてやがて死を迎えるんだ』
「ぇ、異常を起こしている臓器を切り取ったらダメなの?」
『ダメじゃないですが、今回の場合は既に全身に転移しています。ラミナの言うとおりにやるとなると、全身を切ることになるんですよ……』
さすがに全身は無理な気がする。1カ所か2カ所くらいならなんとかなりそうだけど。
「それで、既に手遅れってこと……?」
『そうですね。ちなみにグレンが説明していたように、設計図の異常なので、異常を起こしている臓器を切り取って回復させたところで、再発する可能性があります』
「設計図からなんとかしないとってことだね」
『そういうことやな』
臓器なら切り取って回復させればどうにでもなるだろうけど、設計図ってどうやって直すんだろうか?
「どうやったら直せるのかな? 薬とかはないのかな?」
『可能性があるとしたら、ドラゴンブラットだね~』
まん丸の口から初めて聞く単語が飛び出した。
「ドラゴンブラット?」
『竜の血とも言われているやつやね。ドラゴンの血には若返り効果があるんや』
『実際、あれを飲むと若返る。ただしドラゴン種自体が強敵だから、入手することが困難なんだよ』
若返り効果……。不老とかも可能なのだろうか?
「飲み続けたら不老になるの?」
『なるな。不死になるわけではないが、老衰では死ななくなる』
「そっか、じゃあ設計図が異常をきたす前に戻せばってことだよね?」
『あぁ、そういうことだな。まぁ原因がわからんから、正常なところまで戻ったところで、翌日にはまた異常をきたして意味がなくなる可能性もあるがな』
「そっか、根本的な治療にはならないんだね」
『そうですね』
どうすればいいんだろうか?
とりあえず、机の上のパンとスープを食べて、治癒院へ向かった。
治癒院に入ると、昨日とは違いロビーには数人の人が居た。
「人多いね……」
『午前中は治療を求めて来る方が多いみたいですね』
「午後は違うってこと?」
『午後は主に入院している人たちの治療みたいだぞ』
『急患対応はするみたいやけどな』
「そうなんだ。イリーナさんはどこにいるの?」
『こっちだ』
グレンの後についていくと、扉の前についた。
『この中に居る。ノックしてみろ』
扉を3回ノックすると、中からイリーナの声が聞こえ、扉が開いた。
「よくここが分かったね。入って良いよ」
「おじゃまします~……」
中に入ると、そこは診察室のようだった。
机の上にはいろいろな本が並び、何か書きかけの書類があり、患者と思しきドワーフの男性が簡易ベッドの上に仰向けになっていた。
「先ほど意識を失っちゃってね」
『昏睡状態ですね』
「なにそれ?」
『こちらが呼びかけたり叩いたりしても反応のない状態を言うんや』
『まぁ、反昏睡状態とか何段階かあるが、こいつは今一番深い状態だな』
「そっか、もうあまり長くないのかな?」
『そうだろうね~。意識を戻しても、全身が痛くてたまらない状態だと思うよ~』
「痛み止め……、痛み止めを飲ませれば良いのかな?」
『カブリトやダッドじゃ意味ないぞ。意識がある状態で体を動かせなきゃ意味がない』
「そっか……。朝言っていた急患ってこの人のことだよね?」
『せやな』
痛みを取るだけの薬品か……。
「ラミナさん、精霊さん達から聞いたことを教えて貰っても良いかな?」
「あっ、はい」
その後、精霊達から聞いたことをすべてイリーナに伝えた。
「そっか、手遅れって思っていたけどね……」
「こういう時はどうするんですか?」
「そうだね、本人や家族が望めば延命治療をするし、楽になりたいと望めばそのように対応するかな……。今回はどっちも聞けてないんだよね」
よく分からないことを言われた気がする。
「えっと……、楽になりたいって望んだらどうするってことですか?」
「お薬で死んで貰うって事かな……」
「ぇ……、殺すんですか……?」
「そうだよ。精霊さんからも聞いていると思うけど、ずっと痛みに苦しめられるなら、楽になりたいって望む人は少なくないんだよ」
イリーナの言葉に、何か納得ができなかった。救うために治癒院があるのに、殺すって……。
『それが現実や。治らない病気に苦しめられるなら、早く楽になりたいって思うのも分かるやろ……』
『そうだな。ここまで来ると延命治療で痛み止めを飲んで生活しても、もって数日から数週間だからな……』
「生きて貰うことだけが救いじゃないと……」
『そうだね~。激痛を味わいながら生きることは絶望でしかないって思っている人もいるからね~』
なんだろう、今までケガや病気を治して生きて貰うことが全てだと思っていたけど、違ったのかな……。そういう選択肢も存在するって知って、何も言えなくなってしまった。
「まぁ、彼にはまだ希望を聞いてないから、痛み止めとスタミナポーションを飲ませて意識が戻るのを待つ感じかな……」
「そうですか……」
午後には、昨日言われたリンクル族の出産は集中して対応できたが、それ以降のことは記憶に残らないくらい、上の空ですごし、翌々日の火の日には一人で帝都に帰った。寮に帰り着いても、気持ちは変わらなかった。
※設計図=遺伝子
「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、
『☆☆☆☆☆』より評価.ブックマークをよろしくお願いします。
作者の励みになります!