第71話 アクアの記憶 前編
アクアの歌が終わり、皆がそれぞれの席に戻っていくなか、昼休みの時間はまだ続いていた。私はしばらくのあいだ、アクアの歌声の余韻に浸っていた。
「すごく良い歌でしたね」
「そうだね。帝国内にアクアちゃんみたいな歌い手はいないものね」
プリムとミアン姉妹がそう言うと、最初にアクアに歌ってほしいとお願いしていたミラが口を開いた。
「私ね、アクアちゃんが歌ってくれた歌、知ってるんだ」
「「「「えっ」」」」
「リルーシア大陸の人なら、たぶん誰もが知ってると思う」
リルーシア大陸……? どこだろうか。
「そうなんですか?」
「うん。その歌を大陸中に広めたのって、たぶんアクアちゃんだと思うんだ」
「そういえば、ミラは何か思い当たる節があるようでしたね」
「うん、昨日ね。ハンゾーとラミちゃんと一緒に緊急依頼を受けて、アクアちゃんが大きくなった姿を見たとき、おとぎ話に出てくる“ローレライの子”そのままだったの」
ローレライ……?
「ローレライって、魔物のことですか?」
私が尋ねる前に、プリムが先に聞いていた。
「うん。普通のローレライって、ハープとか楽器を持っているって言われてるよね?」
「そうですね」
「でもアクアちゃんは、三つ叉の槍──トライデントを持ってるよね」
言われてみれば、確かに。ミントやまん丸、グレンは何も持っていなかったけれど、アクアだけは契約のときからずっとそれを手放さなかった。
「ええ」
「それを見て思ったの。もしかしたら、おとぎ話に出てくるローレライって、アクアちゃんのことなんじゃないかって」
「どんなおとぎ話なのか、聞いてもいいですか?」
「もちろん! リルーシア大陸って、近海に三つの岩場があるくらいで、他の大陸や島へ行くには、どんなに早くても一週間はかかるくらい孤立した場所にあるの。だから昔は、長い間人が住んでなかったんだって。そこに人が住み始めるきっかけとなった話なの」
◇◇◇◇◇◇
──水の大精霊アクア、転生前の記憶──
故郷をクラーケンに襲われ、海を彷徨いながら逃げ続ける生活。大型の魔物に襲われては逃げる日々を繰り返し、いつの間にか五年以上が経っていた。
ようやく落ち着ける岩場を見つけ、安定した生活を送れるようになった、ある日の昼下がりのこと。
以前、逃亡中に見つけた沈没船の中で手に入れたトライデントを手に、近海で魚を追っていると、この辺りでは珍しい人間の船を見かけた。
「ん、この辺で船を見るなんて珍しいですね」
船に近づくと、それは想像以上に傷んでおり、人が乗っているかどうかも怪しかった。
船の周りを回ってみると、甲板の上に人影が見え、何やら言葉を交わしているようだった。
「“#$%&‘()~=~!”#$%&’(」
「%&‘()……」
相変わらず、人間の言葉は理解できなかった。幼い頃、両親から“人間には関わってはならない”と教えられていた。
甲板で話していた人物がデッキの手すりまで出てきて、さらに話しかけている。
どう見ても疲弊し、やつれているように見えた。
「&‘()~……」
私の直感が、「助けるべきだ」と告げていた。
意を決して、声をかけてみる。
「あの~? 大丈夫ですか~?」
私の声に、一人の男がこちらを見た。
「&%)!」
何か叫んでいるが、まったく分からなかった。
その声を聞いたもう一人の男が顔を出す。
「%‘(~&%$……」
彼らの表情には焦りはなく、やや安堵したような様子さえ感じられた。
やがて、甲板には老若男女、多くの人々が集まってきた。
「大丈夫ですか~?」
「(&%)~~&$%」
身振り手振りで何かを伝えようとしているが、やはり意味は掴めなかった。
ひとまず、近くの岩場にある陸地まで案内すれば良いのではないか。
私は上半身を水面から出しながら、陸の方角へと移動を始めた。それに合わせるように、船も船首をこちらに向けて動き出した。
このまま陸まで案内しよう。
浅瀬を避けながら何度か後ろを確認すると、船は私の後についてきていた。
やがて陸地が見えてくると、船上が騒がしくなった。
「&‘$’((&……」
船首に立つ男が何かを叫び、手を振っている。
私も手を振り返し、再びその日の食料を求めて海へと潜っていった。
夕方、岩場の自分の拠点へ戻ると、砂浜には多くの明かりが灯っていた。
どうやら、無事に上陸できたらしい。
「良かった……」
そう思いながら、私はその日最後の時間を歌って過ごすことにした。
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