第52話 幕間 魔王リタ2
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
帝都を出たんは、その日の夕方やった。うちらはずーっと南に向かって進んで、教皇国との国境近く――関所のすぐそばまでたどり着いたんよ。
リタは途中で街道を外れて、関所がよう見える小高い丘の上まで移動してった。あの子のことや、見通しのええ場所をちゃんと選んどるんやろな。
『あの検問、結構厳しくやってるみたいやな』
『そうですね、素直に通してもらえ無さそうですよ』
「なら別の道を行くか押し通るまで!」
『どないすん?』
「あの中で私利私欲で動いている奴が居たら燃やして」
『いきなり物騒なことするな……』
シュウの言う通りや。けど、うちには見えてる。あそこにおるんは……。
『あそこ私利私欲の塊みたいな連中しかおらんで』
『ですね、誰もが通行料+αとりますからね』
「そう、今夜はここで泊まろうか、通行する人がいなくなったらシュウとジャガイモで関所の兵達を燃やして、ついでだから関所つぶしちゃって」
『了解』
『ほ~い』
リタのその一言で、今晩の方針はすんなり決まった。空には星がちらちら瞬いて、夜の気配がぐっと濃ゅうなってきとった。
そろそろ動こうか思てたその時や。馬の蹄の音が、地面を伝うてこっちに響いてきたんよ。ドドドッて、結構な数やった。
「今度は何……、馬が走っている音よね?」
リタが声を潜めたまま、闇の中をじっと見つめる。関所の方角に、三つの光がゆらゆら揺れながら近づいてくるのが見えた。
『帝都に居た聖騎士の一部が来たようですね』
「何かあったの?」
『リタの姿が帝都内から消えたからだよ~』
「ぇ?私の捜索?」
『そうだよ~』
「家を見張られていたの?」
『違いますよ、数日前から探してはいましたが見つかっていませんよ』
「今も見つかってない?」
『えぇ、住んでいた家は未だ見つけられていないようですよ、ただ今日学園に姿を現さなかった事から帝都に居ないのではないかと推測されたと言ったところでしょうか』
「面倒ね……、彼らはまともな信者なの?」
『そうだな、俺らが見た所、大半がまっとうな信者だぞ』
「教皇に騙されているとか、そういう感じ?」
『そう言う事やね』
うちがそう答えると、リタは少し黙って、何かを考えてるような表情になった。
「少し様子見て、騎士が離れてから燃やしちゃって」
『了解』
しばらくして、騎士たちは何かを確認したんか、馬を返して帝都方面へと引き返していった。
「私が抜けてないことを確認して引き返した?」
『せやな』
「そう、ならシュウ、ジャガイモやっちゃって」
『了解』
『ほ~い』
2人が返事した瞬間、関所の建物から火の手が上がった。ドンっと爆ぜるような音とともに、炎が勢いよう建物を呑み込んでいく。
まるで燃料でもぶちまけたみたいな燃え方やった。あれやと、もう誰も助からへんやろな……。
「森に火が着かないようにね」
『分かっているよ、心配すんな』
しばらく火は燃え続けて、夜が明けるころにはようやくおさまった。
そんころには、関所やった場所がだんだんとはっきり見えるようになってきた。
「ずいぶんすっきりしたわね」
『そりゃな、なるべく痕跡残さないように燃やしたからな』
『残骸は埋めたよ~』
「そう、2人ともありがとう、先を急ごうか」
『あぁ、あんまり休んでないが大丈夫なのか?』
「大丈夫よ」
リタはそう言うと、丘を駆け下りて関所やった場所を抜け、ついに教皇国の領内に足を踏み入れた。
それから昼前になったころや、教皇国唯一の町――ウリッシュの町の城壁が遠くに見えてきた。
「思っていた以上に高い城壁ね」
実際ウリッシュの町は、帝都グリーサよりもずっと高い城壁でぐるりと囲まれてるんよ。
『世界中から寄付金が集まりますからね』
『せやからお金に困る事がないんや』
『それだから、私欲に溺れるやつらが多いんだけどな』
「ふ~ん、町に入ろうか」
門では他の町と同じように、身分証明になるもんを見せるだけで、特に引っかかることもなくすんなり街ん中に入れた。
『問題なく入れたね~』
「そうね、少しはもめると思っていたんだけど……、私の暗殺を請け負った人はどこにいったの?」
『数人は途中ですれ違ってるよ~、でも1人この町に残っている』
うちらは皆、もうひとり居ること――その男がこの町に潜んどるってのをちゃんと把握しとった。
「そうなのね、とりあえず護衛はお願いね」
『ほ~い』
リタが町の中を歩いとると、前方から一人のシスターが駆け寄ってきたんよ。なんや焦ってる様子やった。
「あの……、すいません……、リタさんですか?」
「はい?そうですけど」
『彼女は使徒ですね』
「なにそれ?」
『メネシス様と直接やり取りできるスキルやねん』
「へぇ~」
「あの、精霊様から私の事を聞きましたか?」
「えぇ、あなたが、使徒だって事は聞いたわ」
「そうですか、ここではあれですので、こちらへ……」
そのシスターはリタを先導するように、さっと方向を変えて歩き始めた。
「あなたを信じても大丈夫なのかしら?」
「今の私には信じてもらえる手立てがないので何とも……」
「そう……」
『大丈夫やで、シスターが話したい事ってリタのやろうとしている事を直ぐにやらないでほしいって事やから』
「ミドリは何を知っているの?」
『うちらが知っているのは、メネシス様が純粋な信徒に被害を出さないでほしいって願ってる事や』
「うちらって事は、みんな知っているって事?」
『そうですね』
『俺らは調査しているときに言われたけどな』
「なるほどね……」
「精霊様から聞けましたか?」
「えぇ、ある程度の事は」
「そうですか」
それからしばらくのあいだは、互いに何も言わんままやった。
シスターは無言のまま、城壁沿いにある一軒の空き家までリタを案内していった。
その空き家の中には、椅子がふたつと机がひとつ。ほんまにそれだけしか置かれてへん、がらんとした部屋やった。
「そちらに座ってください」
「ここは……?」
リタはシスターに言われたとおり、指された椅子にそっと腰を下ろしたんや。
その動きと同時に、素直に疑問をぶつけた。
「ここは一応私の家です」
シスターはそう言いながら、リタの正面にある椅子に腰を下ろしたんよ。
「一応?」
「えぇ、私は基本教会で寝泊まりしているので、ここに帰ってくることはないのです」
「なるほど、それで私に話って何かしら?」
「そうですね、精霊様達から聞いているのであれば、ある程度察しがついていると思うのですが、教皇様達を罰する事は構わないのですが、どうか無実の信者達には……」
「もちろんそのつもりよ、その為に精霊達に調べさせたんですもの」
「そうでしたか、可能であれば信者の目に付かない場で罰してもらう事は?」
「それは考えてなかったわね、ただ今後も付きまとわれるのが面倒だから堂々とやるつもりだったけど……」
「堂々とですか?」
「えぇ、お偉いさんが私の命を狙っているのは知っていて?」
「はい、メネシス様から聞いております」
「今後も付きまとわれないように、私に絡むと死ぬわよとね……」
「そうでしたか……、それでしたら明朝大聖堂前の広場で教皇様の演説があります」
「そりゃまた都合のいい事で……」
「いえ、今朝方私がメネシス様からの言葉を賜ったとお伝えしたので……」
「なるほどね……、あなたはそんなウソをついてもいいのかしら?」
「いえ、ウソではないので……」
「え?」っちゅう顔して、リタはその場で固まってしもた。
「今回の事は、メネシス様もグルと……?」
「グルという表現が正しいかどうかわかりませんが、被害を最小限に抑えるために協力してくださいました」
「そう、ターゲットが全員見える所に揃うって事かしら?」
「その通りです。教皇様を初め、現在皇都に居る枢機卿様や大司教様が勢ぞろいします」
「その中に私欲に溺れていない者はいないと?」
「はい、私を初め教皇様に反感を持つ者達は地位を与えられていないので……」
「腐りきっているわね……」
リタはそう言うたあと、少しだけ黙りこんで、考え込むような様子を見せとった。
「そう言えばあなたの名前は?」
「シオンです」
「そう、シオンあなたに聞きたいのだけど、明日の演説が見られる特等席はないかしら?」
「特等席ですか?」
「えぇ、どこかの屋根の上でもいいのだけど」
「そうですね、大聖堂を挟むようにある左右の尖塔でしょうか?」
「教皇たちからも見える位置なのかしら?」
「はい、ただ教会関係者しか入れない場所でして……」
「そこは自分で何とかするから良いわ」
「そうですか」
「それともう一つ、明日の朝までゆっくり休める宿を紹介してもらえないかしら?」
「それでしたら、何もない所ですがここを使っても構いませんよ」
「そう、ならお言葉に甘えさせてもらうわ」
「何か他にありますか?」
「いえ、大丈夫よ」
「そうですか、では私は教会に戻りますね」
「えぇ、ここを貸してくれてありがとう」
「いえ、それでは……」
そう言うて、シオンは椅子から立ち上がり、静かに部屋を出ていったんよ。
『なぁなぁ、リタ何を考えてるん?』
「ジャガイモ、階段とか使わなくても私を屋根まで送れるかしら?」
『お安い御用だよ~』
「そう、それじゃあ明日は、派手に演じましょう!」
そのあとリタは、尖塔の下見に行って、ついでに皇都ウリッシュの観光も楽しんどったんよ。
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