第53話 幕間 魔王リタ3
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
翌朝。日が昇って、街の人らがそろそろ動き出してる時間やのに、肝心のリタはまだ夢の中やった。
『おい、ミドリ……』
窓の外を眺めとったうちに、シュウに呼ばれた。
『なんやねん……』
『そろそろ起こさないと演説始まっちゃいますよ』
そばにおったアオイが、ウチの方ちらっと見て口を開いた。
『なんで、ウチが起こす事になってるん?』
『そりゃ~僕らのリーダーだからだよ~』
『何時からそないな事になったん!?まぁええわ、やったるわ……』
うちら精霊の間でリーダーとか、そんな決まりごとあらへんはずやのになぁ……。
でもよう考えたら、緊急時はともかく、寝とるリタを起こす役って――毎回うちやった気ぃするなぁ。なんでやろ。
うちはそのまま、夢の中におるリタの元へと飛んでいった。
『お~い、リタ起きて、演説始まるで』
「んん……」
リタは寝返りうって、あらぬ方向向いてしもた。
『夕べ遅くまで起きていましたからね……』
『だな』
『魔法使えば~?』
『そんなんしたら、うちが怒られるやん!』
『大丈夫ですよ、私たちがやるよりはミドリの魔法なら……』
アオイのその一言で、うちはちょっと考えた。
たしかに火とか水とか出したらリタに怒られるかもしれへんけど、氷やったら一発で目ぇ覚ますやろなぁ……。
けど、もっとマイルドな方法にしとこか。
うちは手元に、ふつうの花粉より刺激の強い、くしゃみ誘発用の花粉を出現させた。
ほんでそのまま、そっとリタの鼻の中に送り込んだんよ。
「ん……」
鼻がむずむずするんか、リタは顔をしかめてた。
「クシュン!」
大きなくしゃみと一緒に、ようやくリタが目ぇ覚ましたんよ。
「ん……」
『おはようさん、演説の時間に遅れるで……』
「あぁ、もうそんな時間?」
『そうですよ……』
「んじゃ、行きますか」
リタはそう言うて、周囲のもんをちゃちゃっと片付け始めたんや。
片付けが終わったら、うちらは揃って大聖堂へ向かって歩き出した。
信者らがぞろぞろ集まっとる広場を抜けて、右脇に建っとる塔の根元までやって来たんよ。
「ジャガイモ、屋根の上までお願い」
『はいよ~、そこに居てね~』
ジャガイモがそう言うたら、リタの足元にある一メートル四方の地面がふわっと浮き始めた。
土でできた板が塔の壁づたいにするすると昇って、リタを屋根の上まで運んでいったんや。
信者らが見とる広場からはちょうど死角になる場所を通ったさかい、誰にも気づかれんまま無事に屋根までたどり着いたんよ。
「ん~ずいぶん高いわね」
『せやねぇ』
『大聖堂は3階建てですが、この塔は5階建てですからね』
「こんな建物要らないでしょ……」
『昨日も言いましたが、牢代わりでもあるんですよ』
「邪教徒や異端者を捕らえるなら地下牢だけで十分でしょ……」
『そう言った者たち用ではなく教会関係者の懲罰用ですからね?』
「自分たちの仲間にそんなことする必要ある?」
『規律のためやろ』
『だな、どんな組織でも規律がなければな』
「めんどくさ……」
リタみたいに自由を求める子にとっちゃ、規律ちゅうもんは敵みたいなもんなんやろなぁ……。
うちらとしては「まぁそらそうか」って感じやった。
そないなこと言うとったら、いかにも偉そうな格好した男らがバルコニーにずらっと並び出してきよった。
『そろそろみたいだよ~』
ジャガイモがそう言うたから、うちもバルコニーの方見てみた。
男らがズラッと立ち並んでて、広場に集まっとった信者らが一斉にざわめき出してた。
その中央に立っとった男が右手を高く掲げて、口を開いた。
「尊敬なる信者の皆さん、今日、この神聖な場で皆さんと共にいることを心より嬉しく思います。私たちは神の栄光と奇跡的な愛に包まれ……」
リタは演説しとる男をじっと見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「あれが?」
『メフォス教の教皇ですね』
『スキルは話術や』
「もしかして、そのスキルで自分は正しいと思わされているって訳?」
『だろうな』
「スキルの悪用ってわけ?」
『今のリタから見たらそう写るだろうな』
「そう、まぁいいわ」
『で、どのタイミングでいくんだ?』
「そろそろ終わりそうだし、区切りの良いところでいいんじゃない?」
たしかに、リタの言う通り、教皇の話もそろそろ終盤って雰囲気やった。
「最後に、神の祝福が常に皆さんと共にありますように。共に歩み、共に愛し合い、神の栄光を称えながら、私たちは真の信仰者としての誇り高い使命を果たしていくのです。みなに幸あれ!」
教皇がそう言い切った瞬間、広場におった信者らが「ワーッ!」と大声で騒ぎ出した。
「終わったようね」
『ですね』
「アオイお願い」
『はい』
アオイが返事したと同時に、リタは塔の屋根からそのまま空へと一歩踏み出した。
アオイが出した、宙に浮かぶ薄い氷の板を足場にして、リタは空中をすいすい歩き出していったんよ。
「空を歩いている!?」
教皇らが並んどるバルコニーの方へ向かって歩いていくリタに、広場の信者の誰かが気ぃついて、空を指差して叫んだ。
その声を合図にしたみたいに、周囲におった人らも一斉に空を見上げたんよ。
そんなことおかまいなしに、リタはそのまま空中を歩いて進んでいった。
「聖女様だ!」
帝国領から来とる信者も混じっとるんやろか?
「ほんとだ!聖女様!」
「聖女様!」
リタのことを“聖女様”って呼ぶ声があちこちから上がってきた。けっこうな数や。
教皇たちからちょっと距離を取ったところまで歩いていくと、リタはぴたりと足を止めた。
「ごきげんよう、教皇様」
「誰だおまえは……」
「あなたが殺そうとしているリタとでも言えばよいかしら?」
「っ!」
教皇は一瞬、気まずそうな顔を浮かべとった。
「空を歩くとは魔族の類いか!」
教皇の隣におった男が叫ぶと、なにやら詠唱を始めたんよ。
『俺の前で火魔法かよ』
シュウがぼやくように言うて、右手を軽く上げた。
あの動き、うちらも戦場で何度も見てきたやつや。
ほんで、シュウが指をパチンって鳴らした瞬間、詠唱しとった男が爆発して、その左右におった奴らも一緒に吹っ飛んだ。
「「ぇ?」」
驚いた顔しとったんは教皇たちだけやなくて、リタまで目ぇまん丸にしてた。
広場におった信者たちからも、悲鳴が一斉に上がった。
『なんでリタまで驚いているんだ?』
「あなた今何をしたの?」
リタが怪訝そうな顔で、シュウに問いかけた。
『マジックジャックだが?』
『私たちは、自分の属性と同じ魔法を乗っ取ることができるんですよ』
『先の戦いでも何度も使っていたんだがな、気づいてなかったのか』
シュウがさらっと答えて、アオイが横から補足した。
うちらからしたら、マジックジャックに距離は関係ないし、実際あの戦の時もかなり離れた位置から使うてたさかい、気づかれへんかったのも無理ない話や。
「そう詳しいことは後で聞くとして、とりあえずこいつらを消しちゃって」
「なっ!」
『問答無用で消すのかよ』
シュウがぼやくように言うたあと、また指をパッチンと鳴らした。
その瞬間、バルコニーに並んどった男らが一斉に灰になって消えてもうた。
再び広場からは悲鳴が上がって、「邪教の信者や!」「魔族や!」みたいな声が次々にリタへと飛び交う。
「これでよし、さって行きましょっか」
『行くってどこに行くんだ?』
「メレス王国のコンブレよ、そこから東の大陸にあるクレントに向かいましょ」
『あぁ……』
『なぁ、リタ、下の信者らどうすん?このままいくん?』
このまま行ったら、絶対えらいことになりそうな気ぃがした。
「そうね……」
リタはそう言うと、ぐっと大きく息を吸って――そして、叫んだ。
「よく聞きなさい!私の命を狙う者は何人たりとも許さない!たとえあなた方でも!命が惜しくなければいつでも取りに来れば良い!」
その一喝に、広場におった信者たちは息を飲んだように、ピタッと静まり返った。
『暗殺を請け負った者の1人が居ますね』
アクアが静かにそう告げた。
「そう、ちょうど良いわ、燃やしちゃって」
リタがそう言うて、指をパチンと鳴らす動作を見せると、すぐさまシュウが反応した。
暗殺を請け負った男が、信者らでごった返してる広場のど真ん中で――青い火柱に包まれて燃え上がったんや。
……たぶん、見せしめのつもりやろうな。
依頼した奴らはもう消えとるのに、ほんまにそこまでする必要あったんかいな、ってちょっと思うたけど。
「私の命を狙うその男のようになりたくなければね!」
その一言をきっかけに、誰かがポツリとリタのことを「魔王」って呼び出した。
そしたら、周囲の人間も次々にその呼び名に乗っかって、なんの迷いもなく「魔王や!」言うて叫び出す始末や。
まぁ、よう考えたら、空を歩いたり飛んだりする魔族なんてこの世におらへんし、
薄い氷の板の上を歩いてるなんて誰も思わんやろ。羽も無いしなぁ。
「魔王で結構!」
リタはそう叫んで、ウリッシュの町を後にしたんや。
◇◇◇◇◇
ラミナ視点
『……って感じや』
なんというか、リタさんの性格はある程度わかっていたけど、実際に話を聞くと本当に容赦ないんだなって思った。
特に、権力者に対してはとことん厳しい。
「それで“魔王”って呼ばれるようになったの?」
『そうやね』
「リタさんがこの国に戻ってきたとき、そのことは問題にならなかったの?」
『戻ってきたんは、もう百年近く経ってからやったからね。
それにシオンが、印象をよくするためにめっちゃ頑張ってくれてたんよ』
『ああ、それにもう騒ぎも落ち着いてたしな。ただ、一部にはゾッフみたいに覚えてるやつもいた。
帝国内では、革命時のリタの印象のほうが強くてな。聖女としてのリタを信仰しとる連中のほうが多かった。
あの件のあと、帝国内ではメフォス教よりも精霊信仰に改宗するやつが増えたんだぞ』
「へぇ~、精霊信仰ってことは、ミントたちが神様扱いなの?」
『うちらが信仰対象の代表格、ってのもあるけど、
自然に存在するあらゆるものが信仰の対象や、って考え方やね』
その考え方は、私が村にいた頃に、父さんや母さん、それにおばあちゃんから教えられたものだった。
「そうなんだ……」
『そろそろグリーサが見えてきたな』
グレンの声に促されて外を見てみると、帝都を出てすぐの分かれ道を越えたあたりを馬車が走っていた。
「けっこう長いあいだ、話を聞いてたんだね」
『そうやな』
その後、私たちは馬車を降りて冒険者ギルドでオークの解体を依頼し、それから寮へと戻った。
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