第37話 学長と副学長
メイドのツキが、重厚な扉をコンコンとノックした。
「ミアン様とラミナ様をお連れしました」
その声に応じて、中から落ち着いた低い声が響く。
「入りなさい」
『懐かしいやつがおる』
『ですね』
懐かしい? 誰のことだろう。精霊たちの反応に、私の中でふと先祖絡みの可能性がよぎる。
ツキが静かに扉を開くと、部屋の奥には二人の人物が待っていた。
一人は白く豊かな髭をたくわえた、高齢の男性。厳しさを湛えた表情の奥に、どこか威厳を感じさせる雰囲気がある。もう一人は、すらりとした細身の体躯に、理知的な雰囲気をまとった眼鏡のエルフだった。
白髭の男性は、たしか入学式で見かけた覚えがある。けれど、隣のエルフの男性については記憶にない。
その疑問を抱く私に、精霊たちが補足をくれた。
『ヴィッシュや。リタの時代の担任やってた。基礎学科の1~3年、ずっと見てくれてたんや』
『リタが戻って錬金科を立ち上げるとき、真っ先に支援してくれた人なんです。リタにとっては、良き理解者というか、心強い味方でした』
『今は副学長みたいだよ~。ほんと、出世したよね~』
どうやら、彼らにとっては見慣れた顔らしい。私には、入学式でも目にした記憶がないけれど――。
「ミアン、変わりはないか?」
白髭の男性がミアンに向かって声をかける。どこか親しみのこもった口調だった。
「はい。元気に過ごしておりますわ、お爺さま」
「そうか……」
穏やかに頷くと、今度は私の方へ視線を向けた。
「ラミナ君、直接話すのは初めてだね。すでに知っているかもしれないが――このアカデミーの学長を務めている、ボーン・ロックフォルトだ。よろしく頼む」
ああ、たしかに――入学式でそんな名前を聞いた……気もする。けれど、緊張していてほとんど記憶に残っていなかったのが正直なところだった。
「よろしくお願いします!」
私は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「っふっふっふ」
顔を上げると、隣にいたエルフの男性――ヴィッシュさんが、口元を押さえて笑っていた。
「どうした、ヴィッシュ?」
「いえ、失礼。……改めまして、ボクはヴィッシュ。今はこのアカデミーで副学長を務めています。よろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします」」
私とミアンの声が同時に重なった。
「っふっふっふ……」
また笑っている。どうしてだろう……?
「さっきから、何がそんなに可笑しいのだ?」と、ボーン学長が不思議そうに問いかける。
「あぁ、申し訳ない。気に障ったなら許してくれ。いやね、ふたりがあまりにも――リタ君とメフィー君に似ていたもので」
リタとメフィー……。またその名前。見た目が似ているってこと?
「見た目が……そんなに似ているんですか?」
「そうだねぇ。ラミナ君は、目つき以外はほとんどリタ君にそっくりだよ。ミアン君のほうも、メフィー君と瓜二つだ」
自分では分からないけれど……先祖に似ているって、どういうことなんだろう?
『言われてみれば、目付き位しか違いませんね』
『せやな。リタはキリッとしたつり目やったけど、ラミナは少し垂れ目やもんな』
『でも性格は正反対だよね~』
『せやせや』
『ですね』
精霊たちの言葉を聞いて、思わず苦笑いしてしまった。
たしかに、今までの話を聞いている限り――リタは気が強くて、アクティブで、怖いもの知らずで。
一方で私は、争いごとが苦手で、魔物だって怖いと感じるし……。
「そうなんだ……」
思わず口に出してしまった言葉に、ふたりは気を止めた様子もなく――。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「そうですね」
ボーン学長の一言に、ヴィッシュさんが頷く。
そのやりとりに、私は少し緊張した。何を聞かれるのだろう……。
「ラミナ君。ミアンの病が“魔素硬化症”だと聞いたのだが、それは本当かね?」
ああ……、その話か。遺跡の件じゃないと分かって、内心ほっとした。
「はい。精霊たちがそう話してました」
私が答えると、ボーン学長は肩を落とし、はっきりと分かるほど落胆の色を浮かべた。
「そうか……。ヴィッシュからも聞いたが、治療法はないという話だったが……」
「はい。精霊たちは、進行を遅らせる手段はあるけれど、根本的に治す方法はないと言っていました」
その言葉に、隣にいたミアンがそっと顔を伏せる。そして、その目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。
「そうか、体内に魔素を流して、体内の魔素を動かすことで進行を遅らせる……それが唯一の手段なのだな?」
「はい、精霊たちがそう言っていました」
私の答えを聞いた学園長――ボーンさんは、深く重たい息を吐いた。
「……やはり、ヴィッシュの言っていたとおりだな……」
隣に立つエルフの男性――副学長のヴィッシュが、静かにうなずいた。
「ええ。リタ君も、昔、メフィー君に対して同じことをしていいましたね」
話の流れからすると――リタにとって、メフィーという人物は特別だったのかもしれない。もしかして、あの貴族嫌いの先祖にとって唯一の貴族の友人が……。
「その……メフィーさんって方は、貴族だったんですか?」
私がそう尋ねると、答えたのはボーン学長だった。
「ああ。メフィーは、私の先祖の妹にあたる人物だ」
なるほど、それで……精霊たちの話ともつながってくる。
『ラミナのやろうとしてること、言わんでええの?』
ミントの問いかけが脳内に響いた。
「……確実に治せるわけじゃないから、まだ言えないよ……」
つい、声に出して応えてしまう。
ミントの問いかけに対して、つい思わず口にしてしまった。
「手段があるのか!?」
「ラミナさん!」
しまった――完全にタイミングを誤った。学園長とミアンの声に、思わず肩をすくめる。
「あ、えっと……まだ“治せるか分からない”って前提で聞いてもらえますか?」
「あぁ、もちろんだ」
「精霊たちから、ミアンの右肺の一部が魔石化しているって聞きました。だったら――その部分を切除すればいいのではないかって、思ったんです」
私の言葉に、室内の空気がピタリと止まった。全員が言葉を失ったように沈黙し、じっと私を見つめていた。
「ラミナ君……肺の一部を切除するということは……つまり、身体を切るということだよね?」
最初に口を開いたのはヴィッシュだった。
「はい。お腹を切って、肺の魔石化している部分を取り除く……それが、今考えている方法です」
「で、切除した後はどうするつもりなんだい?」
「そこもまだ未確定なんですが……水魔法やヒールポーション、それでもダメなら、切り口同士を縫うとかしてくっつけるなりして――」
「縫って、くっつけるということか……でも、それが本当に機能するかは……?」
「はい、不明です。まだ精霊たちと話し合ってる段階で、仮の構想です」
「切開したお腹は、ポーションや魔法で癒せるとして……問題は肺の内部構造か……」
ヴィッシュは腕を組み、深く思案するような表情を浮かべた。
そのとき、ボーン学長がようやく声を発した。
「いやいや……腹を切ったら、出血して死ぬだろう!」
それは、確かに――もっともな反応だ。
「その点も、課題のひとつなんです。精霊たちの話では、昔は焼きごてで止血していた例もあったそうですし、水の精霊の力で何とかなるかもしれないし……」
「……しかし、それでも実際に可能かどうかは未知数、ということだな?」
「はい。でも、もしこれらの課題をクリアできれば……ミアンを、助けられるかもしれません」
そう言った私に、ヴィッシュが静かに問いかけた。
「ラミナ君……君は、本気でそれを成し遂げたいと思っているんだね?」
「はい。……私にできることがあるなら、やりたいんです」
『そういえば~、傷口から感染する病気もあるよね~?』
まん丸がぽつりとつぶやいた。
それも考えないと駄目なのか。
『そのへん、イフリートが原因を燃やしてくれん?』
『いや、シルフの方が確実なんじゃない~?』
『でも、あの子が居るところって、今かなり遠いですよね』
『うーん、そうだね~』
必要になれば、先祖の命日に合わせて墓参りに行くつもりだ――それで会えるなら。
「たしかに、問題をクリア出来るなら良い手段だとは思います」
ヴィッシュが言ってくれた。それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
「……しかし……」
ボーン学長は、まだどこか釈然としない様子だった。
そんな中、ミアンがまっすぐにこちらを見て、力強く言った。
「ラミナさん、私はあなたを信じています!」
「……ありがとう。でも、本当に問題は山積みだから……」
それでも、ミアンの言葉は、私の胸をあたたかくしてくれた。
「ラミナ君」
ヴィッシュが一歩前に出る。
「私も、リタ君からいろいろ人体の知識を学んだつもりです。もし実験や準備を進める時があれば、ぜひ私にも声をかけてもらえないかい?」
頼もしい申し出だった。
『ええんちゃう?』
『ですね。彼ならリタからしっかり学んでいますし』
「……私の方からも、ぜひお願いしたいです」
「あぁ、もちろんだ」
リタと深いつながりのあるヴィッシュが、こうして力を貸してくれる――それは、何よりの支えだった。
「学長、話がひと通り終わったようなら、ラミナ君を少しお借りしてもよろしいですか?」
ヴィッシュが学長に確認をとった。
「うむ。私としては、ミアンの病について知れれば十分だ。もう連れて行って構わん」
「ありがとうございます。それじゃあ、行こうかラミナ君」
「はい。……あの、どこに?」
私は少し不安になりながらも、彼のあとを追って学長室をあとにした。
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