第35話 サバイバル学習の終わりと帰還報告
サバイバル学習2日目 スペルン遺跡
翌朝。
外は、朝から強い雨が降りしきっていた。空はどんよりと灰色に染まり、雨音が屋根を叩いてリズムを刻んでいる。
「ん~、雨が止むまでは城内で待機ですね~」
ミアンがロビーの大窓越しに外を眺めながら、少し残念そうにつぶやいた。
「しゃーねーな。昨日はあんなに青空が綺麗だったのにな」
「ほんとですよね~」
私はというと、せっかくの自由時間が潰れることにちょっと落ち込みながらも、頭の中では「薬作りでもしようかな……」なんて考えていた。
――そのとき、ふと大事なことを思い出した。
「あっ、そういえば、ホーンラビット!」
「そうでした。そのために遺跡に来たんでしたね」
『ホーンラビットがどうしたの~?』
まん丸が、ふよふよと近づいてきた。
「ホーンラビットの角が欲しいの。アカデミーの課題で必要で……」
『薬の素材やね?』
『リタのときも必要やったからな~』
『そっかそっか~、ついておいで~』
まん丸はくるりと向きを変えると、ふらふらと城の奥へ飛んでいった。
「案内してくれるみたい」
「まさか、ホーンラビットが遺跡の中にいるのか?」
「たぶん、そういうことかも……」
私たちはまん丸のあとをついて、地下へと続く階段を下りていった。
その先にあったのは、やや広めの石造りの一室。室温はひんやりとしていて、空気が静まり返っていた。
『ここにあるもの、好きに持っていっていいよ~』
そう言ってまん丸が示したのは、部屋の中央に山のように積まれた――ホーンラビットの角だった。
「これは……すごい量だな……」
ジョーイが、唖然とした声を漏らしたのも無理はない。16畳ほどの空間が、大小さまざまな角で埋め尽くされていた。
「な、なんでこんなに……?」
『ホーンラビットの角は、いろんな病気や骨折に効く、貴重な薬の素材なんですよ』
『そうそう。リタが昔そう言っててね~。だから、この遺跡で飼ってるんだ~』
「飼ってるの!?」
『うん。秋になると、自然と角が生え変わるから、集めるだけでいいんだよ~』
「なるほど~。それじゃあ、ちょっとだけ貰っていこうかな」
『どうぞどうぞ~』
「課題に使う分として4本。あとは薬用に……2、いや、3本もらっておこう」
『好きにしてね~』
私は、課題提出用の4本と、薬の調合に使う素材として3本、合計7本の角を丁寧に布に包んでリュックにしまった。
「よし、これで課題はクリアだな」
「あと4日もありますね~、時間はたっぷり」
「さて……どうしようか」
「まずは、雨が止むまでのんびりしましょう。止んだら集合場所に向かえばいいですし」
「そうだな」
その日は結局、一日中しとしとと雨が降り続け、外に出ることはできなかった。
そして翌日。
さらに状況は悪化し、今度は嵐になった。激しい風と雷鳴が遺跡の壁を震わせ、私たちは二日間、城の中に足止めされることになった――。
その間、ジョーイとクロードはというと――泥ゴーレムに宿る地の子どもたちと一緒に、廊下外で泥んこレスリング三昧だった。
そして、四日目の朝。ようやく空が晴れ渡った。
「ふ~っ、やっと晴れたな!」
ジョーイが空を仰いで大きく伸びをする。
「そうだね~。運動不足で体がなまりそうだよ~」
ふくよかな体型のクロードがそんなことを言うもんだから、思わず「いや、君が言う?」と心の中で突っ込みそうになった。
……というか、昨日も一昨日も、ずっと泥レスしてた気がするけど?
「それじゃあ、集合場所に戻りましょうか」
「うん、行こう」
私たちは、遺跡をあとにして森へと向かう。そのとき、たくさんのゴーレムたちが門の前で並び、私たちを見送ってくれた。
森に入る順番は、ジョーイ、ミアン、クロード、そして私。
森の中は、先日の雨の影響で地面がぬかるんでいた。ところどころ足元が滑りやすくなっていて、私たちは慎重に歩を進める。
クロードに至っては、既に何度も足を取られては転び、全身泥まみれだった。
「アクア……ぬかるみ、なんとかできない?」
そう呟くと、アクアはちらりとまん丸に視線を向けた。
『まん丸、お願いできますか?』
『いいよ~』
次の瞬間、地面の水気がすっと引いて、足元がしっかりとした土に変わった。
「これ、ラミナがやったのか?」
ジョーイが振り返る。
「うん。足元のぬかるみ、まん丸に頼んで乾かしてもらったの」
「助かった。サンキュ」
歩きやすくなった森の中を抜け、やがて平原へと出た。
そのまま進んでいくと、馬車が並んでいる集合地点が見えてきた。
「帰ってきましたね~」
「だな」
そこにはクロエ先生をはじめ、たくさんの大人たちの姿があった。
「どうした、怪我人か?」
「いえ、私たち、出された課題をすべて終えたので戻ってきました」
4人を代表して、ミアンが答えた。
「ほぉ~。よし、提出してくれ」
私たちはそれぞれ、ミニブラックバードのクチバシ、ワイルドプラントの蔦、スペルンウルフの牙、そしてホーンラビットの角を取り出して、順に見せた。
「確かに、全部そろっているな。だが一つ聞こう。ホーンラビットが見当たらないと、他の生徒から報告が来ている。お前たちはどこで見つけた?」
その問いに、私たちは顔を見合わせた。
『この人、看破ってスキル持ってるから、嘘は通じへんよ』
ミントの声が脳内に響く。なら、正直に話すしかないか……。
「すみません。事前に注意されていたにもかかわらず、遺跡の中に入りました。角は、そこで飼育されていたホーンラビットのものです」
「おい、ラミナ! それ言っちゃうのかよ!」
「クロエ先生には嘘が通じないそうだから……」
クロエ先生は、一瞬だけ目を細めたあと、深くため息をついた。
「そうか……遺跡を守っていたはずのゴーレムたちは、どうした?」
「ゴーレムの正体は地の精霊たちでした。私が精霊使いだから、私が居れば襲ってこないと聞いて……」
「ラミナは精霊使いだったな。……わかった。課題に関しては、全員クリアと認めよう。明日までは自由に過ごしてかまわん。ただし、遺跡への侵入については、アカデミーに戻ってから正式に沙汰を出す」
……やっぱり後で怒られる可能性、あるよね。
そう思っていると、クロエ先生はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていった。
「ふぅ……ラミナがぶっちゃけた時は、どうなることかと思ったぞ」
「“追って沙汰を出す”って言ってたから、アカデミーに戻ってからお説教コースかもね……」
ミアンも私と同じように受け取ったらしい。
「えっ!? もう怒られないと思ってたのに……」
ジョーイが思いっきり素で驚いていた。いや、そっちのほうが驚きたい。
「ま、とりあえずサバイバル学習は終わったし。おつかれさん!」
「「「おつかれさまー!」」」
私たちは笑い合いながら、他の大人たちの視線を少しだけ気にしつつ、協力してテントを立てた。
焚き火の灯りに照らされながら、笑い声が静かな夜に溶けていった。
こうして、アカデミー入学後、最初の大きな試練――五日間のサバイバル学習は、無事に幕を閉じた。
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