第30話 精霊と外科医療のはじまり
片付けを終えたあとも、私はずっと、何かできる方法はないかと考え続けていた。
「ねぇ、魔素硬化症と、ミアンの状態について教えて」
『ええで』
『そうですね。魔素硬化症というのは、体内の魔素が硬化して“魔石”のような状態になる病気――この点は大丈夫ですか?』
「うん、それは分かってる」
そこは、もう頭に入っている。
『体内のどこに魔石ができるかは、人それぞれなんです』
『せやな。たとえば、体に害のない場所――そういう所にできる場合もあるんよ』
『そうです。多いのはおへその周辺ですが、肝臓、腎臓、胸骨、そして今回のように肺など、できる位置は様々です。ただ、どこにできるかについては、まだ明確な法則が分かっていないのが現状です』
……じゃあ、もし肺と肝臓、どちらも魔石化したりすることもあるのかな?
「たとえばだけど……肺と肝臓、二か所が同時に魔石化するってことは?」
『それについては、私たちの知る限り、二か所以上が同時に魔石化したという事例はありません。魔石ができるのは、基本的にひとつの部位に限られているようです』
「そうなんだ……」
少しだけ、安心した。けど、それでも――。
『でな、ミアンの場合、“無限魔素”ってスキルが問題なんや』
「スキルが?」
『そうです。リタが診ていた“メフィー”という子も、同じ“無限魔素”を持っていました』
「無限魔素を持っていると、魔素硬化症になりやすいの?」
『そうですね、私が把握している限りは、無限魔素を持っている方の、約七割がこの病を発症しています。ただし、その中で“肺”とか“肝臓”みたいな生命にかかわる部位に魔石ができるのは、一〜二割程度です』
無限魔素を持つだけで七割が発症、そのうち一~二割が重症化……。
かなりの低確率だけど、ミアンはまさにその“少数”に当てはまってしまったんだ。
「……これって、かなり低い確率なんだよね?」
『ええ、そうですよ。たいていは、体に影響のない場所に魔石ができるだけで済みますから』
ミアンは、よりにもよって、その最悪のケースを引いてしまった。
ふと――魔石化している部分を、いっそ切り取ってしまえばいいんじゃないか、そんな考えがよぎった。
「ねぇ、たとえば……」
『今、腹割いて切り取るとか考えたやろ……? そんなんしたら、血がぶしゃーって出て死んでまうやん!』
言い切る前に、ミントが鋭く突っ込んできた。
「だよねぇ……でも、もしアクアの力で出血を止められたら?」
『うーん、それは多分できるとは思いますけど……痛みで悶絶すると思いますよ』
「そっか……そこが課題か……」
『ちゃうちゃう、そこが課題やない。そもそも、生きたままお腹を切るっちゅう発想がアカンやろ』
ミントの言葉にアクアが少し考えるように口を挟む。
『ラミナの発想は理解できますが、私もいくつか課題が思い浮かびます』
「え……?」
私の頭には“痛みをどうにかする”くらいしか浮かんでいなかった。
『仮に出血を抑え、痛みを何とか乗り越えられたとします』
「うん」
『では、患部――肺の一部を切り取ったあと、どうやって処置をしますか?』
「えっと……塞げばいいんじゃないかな? アクアの精霊魔法とか、ヒールポーションとか使って」
『たしかにそれで塞げる可能性はありますが、切除したことでどう影響が出るかは分かりませんし、確実に大丈夫とは言い切れません』
……それは、たしかに。
「そっか……」
『仮に治療がうまくいったとしても、その後の生活に問題が出ないとは限りません』
「つまり……肺が小さくなったりする可能性もあるってこと?」
『その通りです』
肺が小さくなったらどうなる? 酸素の取り込みが減る? そうすると――
「激しい運動がつらくなる……とか?」
『ええ。その可能性は十分にありますし、場合によっては長い詠唱を要する魔法が使えなくなる可能性もあります』
「うわ……課題、めっちゃある……」
しかも、これですら氷山の一角かもしれない。実際に試したら、きっとまだ見えてない課題が出てくる。
『そりゃそやろ……』
ミントが呆れ気味にぼやくが、アクアは少しトーンを変えた。
『……でもね、ラミナの言う通り、もしミアンを本気で救いたいと思うなら。腹部を開き、患部を切除するというのが、現状で最も効果的な手段かもしれません』
『……ぇ……ほんまに、生きたまま腹切るん……?』
『はい、もちろん“もしも”の話ですが。それが可能になれば、リタが救えなかった病を越える術となるかもしれません』
リタが救えなかった病――
「そういえば、先祖が救えなかった病気って、他にもあったの?」
『ありますよ、薬だけでは進行を遅くするだけだったり、すべての毒消しが効果なく、痛み止めを飲み続けるしかなかったりと、色々あるんですよ』
『せやなぁ……治す方法がないってだけで、どれだけ苦しんだ人がいたか分からへん』
「……そっか……」
私の中で、少しずつ覚悟が形になっていく。
この病を超えるというのは、きっと――私が背負うことになった宿命の一つなのだろう。
とにかく、今は目の前の課題を一つずつ乗り越えていかないと。
それからというもの、私はミアンとできるだけ一緒に行動し、彼女の体調を常に気にかけるようになった。
そしていよいよ――スペルン平原でのサバイバル学習、その出発日がやって来た。
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