第29話 悪化を遅らせる方法
ツキとミアンが寮へ戻ったあと、私はマジックバッグを抱えたまま自宅の玄関先でしばらく立ち尽くしていた。
あのときのミアンの苦しそうな表情と、精霊たちの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
魔素硬化症――リタでも治せなかったというその病を、私はどうすればいいのか。
小さく深呼吸して気持ちを整え、私は玄関の扉を閉めると、急いで必要になりそうなものをマジックバッグに詰め込んだ。
『痛み止めの素材を買っていったほうが良いかもしれませんね』
「そうだね……」
その後、薬草を扱う店を数軒まわり、いくつかの薬草を購入してから寮へ戻った。
自室に荷物を置いたあと、私はマジックバッグを持ってミアンの部屋の前に立ち、そっと扉をノックした。
間もなく中からツキが現れ、丁寧に会釈をする。
「お戻りになられたのですね」
「はい、こちらのカバン……ありがとうございました」
私はマジックバッグを両手で差し出した。ツキは静かに受け取り、深く頭を下げる。
「いえ、とんでもございません」
「ミアンは、大丈夫でしょうか?」
「はい。今はお部屋で、静かにお休みになっております」
少し安心した気持ちでうなずいたあと、ツキの瞳がまっすぐ私を見つめてくる。
少し安心した気持ちでうなずいたあと、ツキの瞳がまっすぐ私を見つめてくる。
「ラミナ様。もし差し支えなければ、先ほど精霊様からお聞きになったお話の内容を、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……はい、大丈夫です。ミントとアクアからは、ミアンが“魔素硬化症”という病にかかっていると聞きました」
その言葉を聞いたツキの眉が、ごくわずかに動く。
「……その“魔素硬化症”とは、人の体の一部が魔石のように変質してしまう病である、という認識で間違いございませんか?」
「はい、その認識で大丈夫です。それと……先祖のリタも、この病を治すことはできなかったと聞いています」
ツキは短く息をのむと、少しだけ肩を落とすようにして視線を伏せた。
「そうですか……他に、何か精霊様から伝えられたことはございますか?」
「はい。治すことはできなくても、進行を遅らせる方法がある、と聞きました」
その言葉に、ツキの目がわずかに見開かれる。
「……それは、どういった方法でしょうか? お聞きしても差し支えありませんか?」
私は二人の説明を整理しながら、ツキへと伝えた。
「魔素硬化症は、魔素の量が多くて、あまり使わない人に起きやすい病気だそうです。進行を遅らせるには、体内の魔素を動かすこと――自分で魔法を使ったり、誰かに補助してもらったりすることで、ある程度抑えられるそうです」
「……なるほど。つまり、魔素を“停滞させない”ようにすることが重要なのですね」
「はい。けれど、ミアンの場合は“無限魔素”というスキルの影響で、それが難しいようです」
「……その方法、できれば詳しく知っておきたいのですが、教わることは可能でしょうか?」
「私にも、まだ細かいことまでは分かりませんが……精霊たちに聞いてみますね」
私は視線を落とし、心の中でそっと呼びかける。
――どうやって、魔素の循環を補助すればいいのか。
ミアンのために、できる限りのことを知りたいと思っていた。
『えぇで。まずは、手のひらから魔素を放出させるんや』
「まずは、手のひらから魔素を放出させるそうです。……けど、それって、どうやって?」
『そうですね。ツキさんのおへそあたりに手を当ててください』
アクアの指示に従い、私は右手をツキのお腹――ちょうどおへそのあたりにそっと当てた。
「えっと……?」
『これから私が補助しますので、感覚を覚えてください』
「ちょっと、やり方を教えてもらってまして……」
私がそう伝えると、アクアの姿がふっと消え、身体の内側に溶け込んでいくような感覚があった。
その直後、体の奥――どこか深いところで何かが動き始めたのがわかった。それは、じわじわとおへそのあたりに集まり、そこを中心に小さく渦を巻くように回転を始めた。
やがて、何かが右腕を伝って手のひらに流れ込む感覚が走る。
『そのまま、ツキのお腹を円を描くように撫でるんや』
ミントの言葉に従い、私はゆっくりと円を描くようにツキのお腹をなぞった。
「……なにか、内側で回っているような感覚があります」
『それが魔素の流れです。一度この感覚を覚えれば、イメージするだけで再現できるようになりますよ』
「これが方法だそうです」
「この流れているような感覚……これが、魔素なのですね」
「らしいです」
魔素は目に見えない。だから「そうです」とは断言できなかったが、感覚だけは確かにそこにあった。
「では、これを手の方に流して……」
『ツキさん、なかなか飲み込みが早いですね』
『ほんまやな。筋がええわ』
「……できていますか?」
ツキが私の腕に手を添え、そっと撫でるように動かす。その動きに合わせて、腕の中で何かが上下するような感覚があった。
『うん。きちんと魔素、流れてるで』
「ちゃんと流れているそうです」
「それなら、同じことをお嬢様のお腹でやればいいんですね?」
『そう、それでええよ』
「はい。ありがとうございます」
ツキは深々と頭を下げた。その姿は礼儀正しく、そしてどこか決意に満ちていた。
ミアンが休んでいるなら、私はもう部屋に戻ろう。
「それじゃあ、私は部屋に戻りますね」
「ええ、お気をつけて。ありがとうございました、ラミナ様」
私は静かにミアンの部屋を後にし、自分の部屋へと戻った。
買ってきたもの、家から持ち帰った調合道具を整理しながら、私はずっと考えていた。
――魔素硬化症を、どうすれば治せるのか。
今、自分にできることは何だろうか。精霊たちの力、リタから受け継いだもの――そのすべてを、どう活かすべきなのか。
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