第28話 友の難病、魔素硬化症
ミアンと雑談をしながら、私は寮の最上階まで上がってきた。
「私はこの部屋です。ラミナは、その隣ですよ」
「ありがとう」
何もないんだろうなと思いつつ、玄関を開けて部屋に入ると、意外にも綺麗な家具がいくつか置かれていた。
カバンと教科書を適当な場所に置いて、中を見て回る。キッチン、バス、トイレに加えて、居室が二つ。予想よりずっと広かった。
「布団くらいは買わなきゃ、かな」
『せやなぁ。それと、自分で料理するなら調理道具もいるんちゃう?』
「そうだね~」
『それと、調合道具も持ってきた方がいいかもしれませんね』
「うん。手が空いた時に作業できるし」
「とりあえず、食べ歩きしながら布団と調理道具かな」
『それでいいと思います』
配達してくれると助かるんだけど……などと考えていると、玄関からノックの音が響いた。
「は~い」
駆け寄って扉を開けると、そこにはミアンと、黒髪のストレートが美しいメイドが立っていた。
「こちら、私の専属使用人のツキです」
「ラミナ様。ミアン様とプリム様から、お話は伺っております。ツキと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるツキに、私も思わずぺこりと頭を下げた。
「あっ、よろしくお願いします。ラミナで大丈夫です!」
「それで、ラミナ。何を買いに行くか、もう決まってる?」
「うん、布団と調理道具かな。それと家から調合道具を持ってこようかと」
……いや、布団も家から持ってきたらいいんじゃ? とも思ったけど、そうすると帰省した時に寝る場所がなくなるか。やっぱり買おう。
「それなら、マジックバッグを持っていくわ。運ぶの手伝うから」
「ほんと? 助かる~!」
村にいた頃、ミントとアクアから“マジックバッグ”という大量収納が可能な不思議な道具の話を聞いていた。
「マジックバッグって、あのたくさん入るやつだよね」
「ええ。容量の割に軽いから、荷物が増えても安心よ」
「ありがとう、頼りにしてる!」
「どういたしまして。それじゃ、出発しようか」
「うん!」
そのあと、私たちは三人で街に出かけ、必要な買い物を済ませた。
調合道具を取りに一度自宅へ戻るときには、ミアンとツキも一緒についてきてくれた。
「へぇ、ラミナって、ここに住んでたんだね」
ミアンが門構えを眺めながら、素直な感想をもらす。
「入試直前からだけどね」
私は少し照れくさく答える。まだ住み始めて日が浅いせいか、自分の家という実感は、正直まだあまりない。
「そうなんだ。じゃあ、それまでは?」
「ルヴァ村ってところにいたの」
言いながら、少しだけ懐かしい気持ちが胸をよぎる。自然に囲まれた、静かで温かい村だった。
「あれ……ルヴァ村って……」
ミアンが記憶を手繰るように首を傾げたそのとき――
「聖女リタ様が最期を迎えられた地として知られております」
静かで落ち着いた口調で、隣にいたツキが補足するように答えた。その言葉に、私は「あっ」と軽く声を漏らした。
「あ、そうだった。ラミナも精霊使いだけど、もしかして――」
ミアンの問いかけに、私は小さくうなずく。
……たぶん、先祖のことを聞いてるんだろうな。
「うん。私の、ひいひいおばあちゃんが聖女リタだったって、聞いてる」
言葉にすると、少しだけ背筋が伸びるような気がした。自慢したいわけじゃない。でも、誇りに思ってる。
「へぇ……そうだったんだね」
ミアンは小さく目を見開き、少し驚いたような顔をした。しかしその表情は、すぐに曇りが差したように陰を落とした。
「っ……」
ミアンが右胸を手で押さえ、小さく息を呑む。
「お嬢様!」
「ミアン、大丈夫!?」
「うん……ちょっと、右胸にチクッと痛みがあっただけ。すぐ治まると思う」
本当に大丈夫なんだろうか……。私の心に不安がよぎる。
『あかん、魔素硬化症や……』
「えっ……?」
『ですね。右肺の一部が、すでに魔石化し始めています』
「魔素……硬化症?」
『せや。リタでも治されへんかった、難病やねん』
村にいる間に、人体の構造やさまざまな病気について、ミントとアクアから学んだ。でも――「魔素硬化症」なんて、聞いたことがなかった。
「ラミナ様、いま……魔素硬化症とおっしゃいましたか?」
ツキが、はっとしたような声で私を見つめる。
「あっ、はい。精霊たちがそう言っていました」
私が答えると、ツキの表情がすぐに引き締まった。
「そうですか……。ラミナ様、マジックバッグをお預けします。私はお嬢様と先に寮に戻ります」
「あっ、はい……分かりました」
ツキは手早くマジックバッグを私に手渡し、すぐさまミアンの体を軽々と抱き上げた。その動きに、迷いも躊躇もなかった。
ふたりの姿が通りを曲がって見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
「……何か、必要な薬とかあるのかな」
ぽつりとつぶやく。
『せやなぁ。とりあえず、痛み止めは必要になるやろな』
ミントの声が、いつもより少し真剣に響いた。
『そうですね。今のところ、大きく息を吸い込まなければ、そこまで痛まないとは思いますが……』
「悪化しない方法って、あるの?」
私はすぐに尋ねた。もし何かできることがあるなら、今すぐにでも知りたかった。
『ありますよ。そっちはリタが見つけましたからね』
「えっ? そうなの? 二人が知ってたんじゃないの?」
私は驚いて聞き返す。
『うちらが知っとるのは、あくまで“過去に起こったこと”だけやねん』
ミントが、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「そうなんだ……」
『そうです。私たち大精霊は、過去に起きた出来事――そして、その場に私たちの子どもたちがいたなら、その情報を知ることができるんです』
『せやねん。水の子はほとんどの場所におるから、アクアが知っとることはたいてい網羅されとる。でも逆に、アクアが知らんことは、うちかて知らんっちゅうことや』
「なるほど……」
水の精霊たちが、世界中に存在していることは聞いていたけど――それが情報の限界にもなるんだ。
『先日、リタと唯一仲の良くなった貴族の話をしましたよね?』
「うん、した」
アクアの問いに、私は頷く。
『……彼女もまた、魔素硬化症だったのです』
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
――この病を治すこと。それが、聖女リタの血を継ぐ者として、私が受け継いだ宿命なのかもしれない。
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