132.傷んだ心
翌日、師匠との朝食を弾まない会話で終えて、ディアマント王国の王都に来るたびに泊まっている宿屋に向かったものの、どんな顔をして会ったらよいかわからなくなってしまったので、厩に行くことにした。
向かった厩には、アッシュもダークもいない。おそらく考えていることは一緒だ。
私は記憶を頼りに、数回しか訪れていない騎士団の馬術練習場に向かって歩き始めた。
考えてみれば、私が師匠のところで働いているときもレイルはこうやってアッシュとダークの世話をしていてくれたんだな。
しばらく街並みを眺めながら歩くと、目的の馬術練習場を視界にとらえることができた。
方向が合っていれば、広い場所なのでなんとかなると思ってはいたが、なんとかなって良かった。
遠目にもアッシュとダークのコントラストは、はっきりとしていて目立つので、すぐにどこにいるのかわかった。今日は前回来た時よりも人は少ないが、馬の数が多い感じがした。
馬術練習場へ近づいていくと、アッシュは私のシルエットに気づいたようで、遠くから、入り口の方へ走ってきてくれた。
正直なんと言って、ここを通らせてもらおうかと悩んでいたところだったので、顔パス状態のアッシュが来てくれて大変助かった。
懐いて寄ってくる様子に「馬主さんかな?」と聞かれたので、頷けば、すんなりと中に入れてもらえた。
アッシュは騎乗できる準備はされていなかったので、背には乗らなかったが、手綱を持つと、当然のようにレイルとダークが待つ方に鼻面を向けた。
なんて言おう。
どんな顔をしていれば良いのだろう。
重い足取りにアッシュは気づいていたかもしれないが、そのまま馬術練習場を真っすぐに突っ切るようにして、レイルとダークがいるところまで来てしまった。
「おはよう」
「おはよう……」
普段は起きたか、とか薪を拾ってきた、朝食買いに行ってきたとかそんな状況報告ばかりしかしていなかったものだから、おはようの挨拶がまさに、普段とは違います、お互いに意識しています、という感じがして身体も強張る。
昨日、師匠と話したことを必死に思い出して、なんとか言葉にしてみる。
「あの、オパルス王国でのことなんだけど。私、レイルに“そんなにきれいな瞳だったのか”って言われたのがムカついていたんだけど。なんていうか、大事にしてた信念みたいなところだったから、レイルだけには言われたくないことで、すごく……傷ついた」
そういうと、アッシュは手綱を握る私の手に鼻を寄せて、慰めるようにして、優しく擦り付けた。ダークも今回は私とレイルの仲違いに少し居心地が悪そうである。いつもの威嚇するような素振りはない。
言ってしまった。師匠のアドバイス通りに素直に思っていることを口に出してしまった。
漂う微妙な空気に堪えられず、あまりにも単刀直入に本題に入りすぎてしまったかもしれない。言葉が口から出た後で、こんなに色々考えてしまうのは、弾まない会話の嫌な間がそうさせるに違いない。
レイルの顔は見られなかった。私の視線は、アッシュとダークを行き来することしかできないままだ。
「なんて言葉にしたら良いか分からないが、お前を傷つけたいわけじゃなかった。落ち着かないし、一旦ここに座って話す、か」
普段のレイルよりも明らかにたどたどしいのは緊張しているからということであってほしい。座るときに黒髪から覗く顔は青白いか。きっと私たちはお互いに顔を見れていない。この状態が続くのであれば、私がレイルの顔を見ていたとしても、視線は合うことはないかもしれない。
「オパルス王国でのこと、気がかりだった。でも俺としては自分に否がない以上、こちらが機嫌を伺うのは違うと少し意地になっていた……と思う。それでも、お前を傷つけていたとは自覚がなかった。すまない」
レイルの言葉はそのまま自分が思っていたことのようで、少し安堵する。
同じ思考で私たちはしばらくの間、気まずい思いをしていたなんて、あの旅の時間を考えると馬鹿らしくも思えてきた。
「思いもよらず傷つけてしまったこと、俺が悪かったということを前提に聞いてほしい。あの王城にいた男、血の気も引くほどに腕が立つ奴だったと思う。なんであんなところで神官まがいのことをしていたのかはわからないが、異質すぎて、警戒するほかなかった。恐らく俺がいつでも武器を取れるように構えていたのも気づいていた。それを見てなのかわからないが、ツィエンの首をいつでもとれるような間合いを常に意識して立っていたようだったから、俺は本当に気が気じゃなかった。お前が、悪いヤツじゃないと言うんなら、そうなんだろう。それを疑ったことはない。それでも、悪くないやつでも自分の信念のため、仕事のために、任務を粛々とこなす奴だっている。俺が良い例だろ」
淡々と喋るレイルの顔はやはり少し青白いようにも感じた。
あの場の緊張感を思い出すようにして止まることない口は、レイルらしくなく饒舌だ。
「お前を疑いたいわけでも、他人を蔑ろにしてまで、ツィエンを馬鹿にしたいわけでもない。俺はどんな時でも、ツィエン。お前だけの身を案じて、それを最優先にして動く。だから、俺が危険だと判断したときや本気で諫めた時、譲らないとき。その時は俺を尊重してほしい。これだけは、頼む」
何かにすがるようにして言うレイルは未だに私の顔を見ない。
ここまで言われてしまうと、私は怒っていた気持ちも、傷つけられたという悲しさもなくなっていた。
今回は、私の方がレイルを蔑ろにしてしまったのかもしれない。
ふと師匠の言葉を思い出したので、口に出してみた。
「レイルの領分、か」
横に座るレイルの顔が私の方に向いたのが分かった。
「昨日、師匠のお屋敷に泊めてもらったの。その時、色々お話して、いつも守ってもらっているから、レイルの領分として口を出すべきじゃなかったかもって言われて、それを思い出してた」
「騎士の家系らしい考え方だな」
「その時は、レイルの肩をもつのかってちょっと面白くなく思ったけど、今レイルの話を聞いて、本当にそうだったなって反省してた」
私が、いま横を向いたら、避けていたレイルの視線とかち合ってしまう。そうは思ったものの、相手の顔を見て伝えなくてはならないこと、目を見て話さなければいけない時っていうのがある。それが、いまだ。
勇気を振り絞って、レイルの瞳を見て、伝える。
「だから、ごめん。私のことを守ってくれたのに、苛立ったりして」
私たちが仲直りしたのをわかってか、アッシュとダークが少し離れたところで草を食んでいたのをやめて、こちらに近づいてきた。
座っている私の肩によかったねとでも言いたげに、鼻面を摺り寄せた。




