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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十九章 帝国崩壊の余波

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そして、門が開かれる……

「何よ、この数は……」

報告書に目を通したアリシアは呆れかえった声を上げた。

執事が申し訳なさそうに頭を下げて口を開く。

「しかしながら、それが全てでございます」

その言葉に、アリシアは何か言いたそうに口を動かしかけたが、すぐに口を閉じて顎に手を当てると思考している様子だった。

そして視線を報告書から執事に向ける。

「この数字は間違いないのよね?」

「はい。間違いございません」

執事ははっきりとアリシアの視線を受け止めて答える。

「なら……問題よね、この数字は……」

「はい。その通りでございます」

「別にへまをしたとか、じゃないのよね?」

「はい。もちろんでございます」

「そう……」

確かに今は聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国の体制が崩壊し、混乱のために密偵などの動きが活発化しているのはわかっている。

だが、諜報関係事件のこの数はあまりに異常ではないだろうか。

そして、その異常さを際立たせているのが、密偵の死亡率だ。

基本、相手の情報を手に入れるため、密偵は殺さず捕獲を狙う。

もちろん、状況的に無理な場面も多い。

しかし、共和国の、いや、正確に言うとアリシアの子飼いの諜報組織はかなり優秀で、捕獲率はかなり高い。

その為、死亡率は三割程度に抑えられていた。

しかし、ここ数ヶ月に限って言えば、死亡率は八割近くになっている。

それも、自害と言う方法が死亡数全体の七割を占めている。

密偵も人の子である。

死よりも生を選ぶものも多い。

任務遂行のために死を選ぶ。

そんな選択を出来るのはほんの一部だけなのだ。

だから今までは自害という方法はほとんどなかった。

なのに……である。

「やっぱり……洗脳か暗示ってこと?」

「はい。おそらくは……」

「魔法と言う選択肢は?」

「無いとは言いきれませんが、無理ですね」

そう言った後、少し考えて執事が言葉を続ける。

「一人を除けば……ですが……」

「そうね。彼女なら……。でも、もう彼女は……」

「そうでございました。災厄の魔女はもういないのでしたね」

そう言って執事は苦笑し、アリシアもそれに続く。

ならば、洗脳か暗示という事になる。

人と言う生き物は、実は洗脳も暗示もかかり易い生き物である。

ちょっとした洗脳や暗示なら短時間で出来てしまうほどだ。

しかし、それでもその人の性格や行動を抑制するにはかなりの技術と時間と金がかかる。

そして、徹底的な洗脳や暗示、自らの命さえも断ち切るほどのモノが出来るのは……。

「やはり……国家規模となるかしら?」

「ええ。それに近い規模が必要でしょう。民間では無理ですな」

そう答えた後、「ただし…」と言って言葉を続けた。

「もし国家ではなかったのなら、その勢力は国家並み、或いはそれ以上の勢力ということですかな……」

「そうね、そういうことになるわよね」

そう言いつつアリシアの表情が硬くなる。

そしてため息を吐き出しつつ、言葉を続けた。

「なんか嫌な予感しかしないわ。警戒を強化しておいて……」

その言葉に、執事は深々と頭を下げた。

「了解いたしました。お嬢様……」



「悪い知らせだよ、エド」

『黄昏時の思い出亭』の一番奥にある部屋で、ミスティは機嫌の悪そうな表情のままエドワードの前に紙の束を置いた。

報告書のようだ。

それをちらりと見た後、エドワードはミスティの方を見る。

「後で詳しく報告書は読ませてもらうが、簡単に説明してくれ」

そう言われ、ミスティは破棄捨てるように言う。

「アルテムシア商会はもうなくなった」

その言葉に、エドワードは驚き、思わず立ち上がってしまっていた。

「ど、どういうことだ?」

「支配人や一部の人間を除き、全員が自殺しやがった。そのうえ、死体が確認できない支配人や一部の人間は、行方不明と……」

その結果に、エドワードはただ呟く様にいうのが精一杯だった。

「なんだ……それは……」

「あたしもこんなのは初めてだよ。かなりヤバイ臭いがぷんぷんするよ。もうね……あたし自身、報告を聞いて信じられなかったんだから……」

「その言い分だと……」

「ええ、自分の目で確認したさ……」

そして遠い目をした後、口を開いた。

「間違いなかったよ……。商会関係者だけでなく、その家族もだから、ざっと二百人近く死んでいると思うよ」

唖然とした表情だったが、すぐにエドワードが我に返って聞く。

「そんなことがあったなら……」

「ただの自殺だよ?それも集団自殺とかではなく、個人や家族単位でだ。よほど注意しなければ、気が付かないんじゃないかねぇ……」

その言葉に反論できない。

確かにバラバラならわからないだろう。

また、そうなってしまう傾向があるのは、それは見方が違う為だ。

政府はどちらかというと人を数値としての見方をする。

反対に、ミスティは自分の商売相手として、繋がりを持って見る。

その違いの為だろう。

「糸が途切れたな……」

考え込むように腕を組み、目を閉じるエド。

だが思考を切り替えたのだろう。

すぐに目を開けると、顔を動かしてミスティに視線を向ける。

その視線を楽しそうにミスティは受け止めた。

「くっくっくっ……。良いねぇ、流石はあたしが惚れこんだ男よ。いい面構えじゃないか」

その言葉にエドワードは苦笑する。

「そういうのはやめてくれ。互いにいい年なんだから……」

そう言われ、ミスティはカラカラと笑う。

「年は関係ないってもんさ」

そういった後、目を細めてニタリと笑って言葉を続けた。

「それとも照れてるのかい?」

からかうような口調と言葉に、エドワードが少しむすっとした顔で睨むと、ミスティは大げさに怖がる仕草をした。

「おおっ、怖い怖いっ」

「はぁ……。わかったから……」

このままでは話が進まないと感じたのだろう。

エドワードが折れてなんとか話を戻そうとする。

それを仕方ないなぁといった感じでミスティは受け入れる。

その様子は実に楽しそうだ。

「ふーっ……」

少し疲れたような表情をした後、エドワードは口を開いた。

「今後も継続して依頼したい。今回のようなケース、借金で困っていたはずなのに急に羽振りが良くなったりとかいった件だけでなく、お前さんがおかしいと思う分も含めて調べておいてくれ」

エドワードの言葉に、少し考え込んだような表情をしたものの、すぐに頷いて了承する。

「報酬だが……」

そう言い始めるエドワードの言葉を封じるようにミスティは口を開いた。

「必要経費プラスその経費の1割を上乗せでいい」

「それは安すぎないか?」

むっとした表情でエドワードが聞き返す。

だが、それも気にせず、ミスティは笑いいつつ答えた。

「安くはないさ。私たちに取って、トラブルは商売の邪魔だからね。その為には国は安定してもらわなきゃいけない。だから、今回のは、その為の先行投資とでも思ってもらいたいってとこかな……」

ミスティの表情をじっと見ているエドワードだったが、ため息を吐き出した。

「わかった。それでお願いする……」

「そう来なくっちゃな。あたしに任せておきな」

ミスティはそう言い切ると、自分の胸を叩いた。

しかし、その表情はすぐに腑に落ちないものになる。

「どうしたんだ?」

「いやね、今一瞬……すごく嫌な気持ちになっちまったんだよ……」

「嫌な気持ち?」

「ああ。なんかさ……。今、世界が震えたような……。そんなもんを感じちまった……」

その言葉に、エドワードは黙り込む。

気にしすぎだと笑い飛ばそうとしたが、エドワードも一瞬ではあったが、似たような感覚になってしまったのだ。

それは禁断の門を開けてしまったかのような胸騒ぎであった。



点在する無人島に召喚のための機材が降ろされ準備に入っていく。

その様子をブリッジで眺めつつ老人が口を開いた。

「どうかね?」

老人の声に、実験計画の責任者である男性は満足そうな表情で答える。

「今のところは順調です」

「ふむ。それでうまく召喚して、それからはどうする予定かね?」

その問いに、男性の動きが止まる。

どうやら召喚する事ばかり考えており、召喚後の事は考えていなかったようだ。

その様子に、老人は苦笑する。

得てして専門を極めたものはこういったことは多い。

だからこそ、人の能力のキャパは決まっており、そのソースをどこに振り分けるかでその人の能力が決まってくるなんてふざけた考えを持つものが出てくるのだ。

老人はその考えには否定的だが、実際にこんな簡単な事を見落とすという事で、その説に説得力あるような気がしてきた気がする。

「召喚後の状態がわかりませんから、様子を見てという事でよろしいでしょうか?」

男性が恐る恐るといった感じて聞いてくる。

ふむ……。

まだこやつには使い道がある。

少しぐらいは見逃すべきか……。

それに今回の召喚は、初めての事ゆえにどうなるか予想が付かない。

慎重に対応すべきだろう。

そう思考が行き着き、老人は苦笑をしたまま頷く。

「そうじゃな。その通りで良いか。今回は実験じゃしのぅ……。」

その言葉に、男性はほっとした表情を見せて頭を下げる。

「はっ。ありがとうございます」

「だがしっかり記録は取るのじゃぞ」

「もちろんでございます」


そして、三時間後……。

八箇所の無人島に、召喚の基盤となる機材と触媒が用意された。

それはぐるりと円を描くように設置されており、その中心には、一隻の船がある。

五千トン近い排水量のこの世界基準なら大型に分類される輸送船だ。

その輸送船の中には、健全なドクトルト教信者が千人近く乗船している。

いや、正確に言うと、乗船ではなく詰められていると言っていいだろう。

要は、彼らは修行と称して輸送区画にすし詰め状態で押し込められているのだ。

そんな彼らを、老人は哀れとは思わない。

自分で考える事を止めて神にすがる時点で、彼らは人ではなくなったのだ。

ただ祈りを捧げ、魔力を提供する触媒でしかない。

人であれば、少しは心が痛むのかもしれんがな……。

そんな事を思いつつ、横で詠唱を始める男性をちらりと見る。

ふむふむ。

確かにこれは魔法だわな。

そう思わずにはいられないほどの、魔力の流れを感じることができる。

海面であるにも関わらず触媒や機材を繋ぐように光の線が走り円を描いていく。

そして円が完成すると、今度は触媒や機材を繋ぐように直線が円の中を走る。

それはまるで円を切り刻むかのような動きであった。

そして、ゆっくりと光が強くなっていき、海面を全て光で覆っていく。

そして、それに同調するかのようにとなりの詠唱し続ける男性の声が段々と大きくなり、額に幾つもの汗が噴出して流れる。

身体がぐらりと揺れ、それを何とか踏みとどまっているような感じだ。

そして円の内部が完全に光に包まれた時、男性が叫んだ。

「さぁ、扉が開かれますぞ」

それがこの世界をより混沌に満たしていく出来事の始まりの合図となったのである。

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