新たなる帝国の誕生
北部地区の帝国海軍による宣言という事で、どちらかと言うとうんざりした表情で聞いていたアデリナだったが、『ショウメリア公爵家』の言葉が出てきた瞬間、眉間に皺を寄せ目を細めた。
フセヴォロドヴィチ家にとってショウメリア公爵家は因縁深い相手であるからだ。
二十年近く前、前皇帝の急死によって帝国の王位争奪の争いが始まったわけだが、その王位継承の際、フセヴォロドヴィチ家が帝位を得る為の最大の障害である人物をショウメリア家は擁護していたのである。
また、ショウメリア家は魔術師の家系でもあり、さらに宰相の地位について大きな力を持っていた為、水面下で激しくぶつかり合っていた両家だったが、フセヴォロドヴィチ家側は大きく劣勢であった。
実際に、当時の状況では、ほぼ間違いなくフセヴォロドヴィチ家は王位継承の争いから脱落する。
誰もがそう見ていた。
しかし、ショウメリア公爵家に変わって政治権力を握りたいグリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵がフセヴォロドヴィチ家側についたことで形勢という天秤は大きく傾く。
ラチスールプ公爵は中立であった魔術師ギルドを引き込み、偽の告発状によってノンナの父親であり当時のショウメリア家の当主であったミハイル・ヴァシリーエヴィチ・ショウメリア公爵を弾劾、さらに事故に見せかけて殺害してしまったのである。
また、それに合わせて一族郎党を濡れ衣を着せて拘束し、ショウメリア家の関係者を一気に失墜させることに成功した。
その手際はあまりにも見事であり、誰もが驚くのと同時にラチスールプ公爵の手腕を絶賛し、そして裏で恐れた。
だが、全てを完璧に処置したと思っていたラチスールプ公爵だが、一つだけミスをしてしまう。
それはノンナの母親であるアガーフィヤと娘のノンナが生き残ってしまったという事だ。
ノンナの母は、以前はショウメリア家に仕える家政婦の一人であったが、妻を病気で失って気落ちしていたミハイル・ヴァシリーエヴィチ・ショウメリア公爵と一夜限りの過ちをしてしまう。
そして、妊娠している事に気がついたアガーフィヤは、ショウメリア公爵には亡くなった妻との間に生まれている娘と息子との継承者争いになってしまったらいけないと思い、身を引く決心をして仕事を辞めて実家へと戻ったのである。
しかし、一夜限りとはいえ情をもった相手であるアガーフィヤの急な退職の理由を薄々ショウメリア公爵は察したらしく、長くショウメリア家に仕えていた元執事に頼み、密かに援助していた。
その為、謀略が実施された時、ノンナはショウメリア公爵家の直接の血を引きつつも、ショウメリア公爵家とはまったく関係ない生活していた為に陰謀に巻き込まれなかったのである。
だが、そんな少女も、十二歳で母を失った時、母の遺品からショウメリア公爵が自分にとって特別な存在である事を知り、なぜ母が毎夜のように泣いていた理由を知るのである。
大好きで自分を愛して育ててくれた母の思い、それと会った事はなかったが母に送られてきていた父からの心のこもった手紙と援助、それに母に送られてきた手紙に書かれてあったショウメリア公爵の娘ノンナへの思いは、彼女が父の敵をとりたいと思うに十分すぎる理由となった。
そしてノンナは、当時まだ生きていて彼女を援助してくれていた元執事を頼って動き出す。
もちろん、元執事は懸命に止めたものの、ノンナの決心の強さと、長年使えた主人を殺された彼自身の恨みに負け、手助けをすることとなったのである。
そして、そんなときからである。
ショウメリア公爵家には実は隠し子がいて、それが復讐を狙っているという噂が広まり始めたのは…。
帝国では、隠し子の事を黒の子という。
だから、いつかショウメリア公爵家の血を引く黒の子が今の帝国をひっくり返すという噂が広まっていき、いつしかそれは誰もが知る話となっていたのである。
そして、そんな噂があっての北部地区のショウメリア公爵家の後継者による公国宣言である。
フセヴォロドヴィチ家の血を引くアデリナが反応しない訳がなかった。
そして続けざまに出たノンナ・エザヴェータ・ショウメリアと言う名前に、アデリナは目を細めた。
「ふーん…。そういうことなんだ…」
呟く様にそう言うと、ガンっと机を蹴った。
それ一回で満足できなかったのだろう。
ガンガンガンっ。
何度も蹴りつけ、やっと気が済んだのだろうか。
椅子に身を任せて天井を見上げた。
しばらくその体勢が続いたあと、微かにだが笑い声が起こる。
それはアデリナの口から漏れていた。
「ふふふふっ…」
そう、いつしかアデリナは笑っていたのだ。
しかし、表情はとても笑っているようには見えない。
目は笑っておらず、口角は歪み切っており、それは例えるなら怒気と狂気によって起こった笑いであった。
しばらく笑った後、アデリナはゆらりと椅子から立ち上がると、まるで幽霊のようにふらりふらりと歩き出す。
向かう先は決まっている。
プルシェンコ上級大将のところだ。
ドアを開け、ゆらりと廊下に出たときにアデリナの口から言葉が漏れた。
「いいわよ。相手をしてあげる、ノンナ。私を西部地区に通した事を後悔させてあげるから…」
そして、北部地区の公国宣言の翌日、西部地区は、アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチを皇帝とし、帝国の正当な後継者とする事を発表した。
そして、それにあわせて帝国名を『聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国』から、『シルーア帝国』へと変更する旨を発表する。
これは、今までの帝国の正当な後継国であるが、以前の帝国とは違うものであるという部分を強調する為であった。
もっとも、どの程度の効果があったかは、疑問であったが…。
しかし、これで帝国は、連邦と公国、帝国の三つに割れて三国時代を迎えることとなる。
そして、そんな中、それぞれの勢力を支援する強国も一部が変化した。
公国はフソウ連合と王国が、帝国は連盟が支援するのは変わらなかったが、連邦は教国からの支援を失った。
そしてどの国も支援しようとはしなかった。
理由は簡単である。
その思想ゆえに強国各国が連邦を避けたのだ。
しかし、それがかえってきっかけとなったのだろう。
連邦は共産主義と言う思想を外に向けて輸出し始めたのである。
もちろん、普通に見れば、ただの人の移動でしかない。
しかし、その人が現地で共産主義を唱え、広め始めたらどうだろうか。
強国では無理でも、治安の緩い植民地ならどうだろうか。
その結果、帝国ほどではないにしろ、強国の政策に不満を持つ植民地各国の人々は、無学ゆえにその思想に染められて少しずつではあるが洗脳されていく事となるのである。
理想の『すべての人々に平等に富を与えて豊かに暮らす』という、あまりにも夢のような言葉を信じ込ませられて…。
それはすぐにではないものの植民地政策をじわじわと蝕んでいき、限度を超えて夢が現実となる。
夢と言っても、悪夢の類ではあるが…。
そして、その未来を予想できる人物がただ一人だけいた。
鍋島貞道だ。
彼は、現実世界での経験、ソ連の崩壊などによって露になった共産主義の矛盾や欠点をよくわかっていた。
だが、彼はそこまで思考を進めることができなかった。
それは情報不足という事もあっただろうが、それ以上に大きな出来事があったためにそこまで気が回らなかったのである。
そして、その大きな出来事は七月二日に起こった。
アルンカス王国のはるか南部の利用価値がなくて強国の空白地帯と化している小島が集まる海域に…。
そこに艦隊が出現したのだ。
海賊ではない。
そしてこちらの世界のどこの国のものでもない。
未知の艦隊…。
そして、その艦隊は、ある旗が掲げてあった。
それは、この世界にあるはずのない旗。
星条旗が掲げてあったのである。




