ショウメリア公爵家の復興
六月二十一日。
アデリナ艦隊が無事ラッサーラ軍港に入港し、アデリナが決断を迫られた翌日、唐突にその宣言は世界に流された。
発信地は、帝国北部地区。
すなわち、帝国海軍からである。
「我々、帝国海軍は、帝国が帝都を失い、崩壊していく様を悲しく思う反面、帝国と一緒に滅ぶつもりはない。しかし、連邦というわけのわからない勢力に屈するつもりもない。なぜなら、連邦に征服された中央や南方地区を見てみれば一目瞭然である。そこにあるのは、破壊と虐殺と混乱のみであり、とてもではないが平和に暮らしたい多くの人々の為になるとは決して思えない。そして、我々には、残された北部地区に住む住民の生命と生活を守る義務がある。そこで我々は、帝国という古い組織を脱ぎ捨て、新しい組織としてこの地区を、この地区に住む人々を守る事を決心した。そして、そんな我々に、天は一人の人物との出会いを用意してくれた。二十年前の帝国の歴史を知っている方は知っている方もいるだろう。帝国五家のうちの一つ。ショウメリア公爵家の事を…。そして、ショウメリア公爵家は帝国の帝位継承の陰謀で無実であったにもかかわらず潰されたことを…。そして忘れてはならない事がもう一つある。それは北部地区が元々はショウメリア公爵家が支配する土地であり、ショウメリア公爵家によってこの地は豊かで平穏な生活を人々がおくっていたという事だ。そう、そのショウメリア公爵家の血を引く唯一の継承者が我々の前に現れたのだ。彼女の名は、ノンナ・エザヴェータ・ショウメリア。彼女は、我々に示してくれた。我々の導く先を…。人々をより豊かにしていく未来を…。だからこそ、我々帝国海軍は本来のこの地の主である彼女にこの地を返還し、この地域の主として認めることとする。よって、我々帝国海軍と北部地区は、帝国を脱し、新たにここに『ショウメリア公国』として独立する事を宣言する」
わずか五分程度の短い宣言であったが、それでも世界を震わせるのに十分な内容であった。
各国は、慌てて情報収集に動き回り、どう対応すべきか検討する為の会議か開かれることとなったのである。
もちろん、それはフソウ連合も同じであった。
「やられたな…。予想外の展開だよ」
鍋島長官は、心底驚いたような表情をして宣言の文章が書かれた紙をテーブルに置いた。
「予想外ですか?」
新見中将がそう聞き返す。
彼にしてみれば、あの連邦の宣言の時でさえ鍋島長官はここまで驚かなかったのだから気になったのだろう。
「ああ。予想外だったね。共産主義が出てくるというのはありえる可能性があったから考えていたけど、まさか古い血筋の公爵家を担ぎ出して帝国海軍が独立を宣言するとは思ってなかったよ。僕はてっきり、彼らは帝国を維持し続けると思っていたからね」
そこまで言った後、苦笑して鍋島長官は言葉を続けた。
「でもね、言われてみればいい手ではあるんだよ。帝国という名前はあまりにも負のイメージがつきすぎてしまった。元々帝国が行ってきた数々の悪行と争い、それに親衛隊がやらかしてしまった事が追加されてマイナスイメージが強くなってしまった。だから、名前を変える事で、そのイメージを払拭するって意味ではね」
「しかし、それではただの外面を変えただけではありませんか?」
新見中将が聞き返す。
しかし、鍋島長官は笑いつつ答える。
「なに、中身は同じでもパッケージが違うとついつい買ってしまう人ってのは意外と多いものさ」
「それは経験ですかな?」
山本大将が笑いつつ聞いてくる。
「まぁね」
鍋島長官も笑ってそう答えたが、すぐに真顔になると口を開いた。
「だが、これで問題が発生した。さてその問題をどうすべきかって事は話し合っておく必要はあるかな…」
「問題…ですか?」
「ああ。僕らが密約を結んだのは、帝国海軍とだ。しかし、この宣言によって彼らは存在しないことになる」
そこまで言うと、その場に集まっていたほとんどの者が鍋島長官が言いたい事がわかったのだろう。
「確かに、問題ですな。いちゃもんつけて簡単に反故に出来るという事になりますな」
山本大将が面白くなさそうにそう言うと、川見大佐も言葉を続けた。
「確かに。反故にされるのは面白くありませんな」
なんかすぐにでも報復をと言い出しかねない雰囲気だ。
その様子に、鍋島長官は苦笑して何か言おうとしたが、その前に外交部の中田中佐が口を開いた。
「お待ちください。まだ反故にするとは決まっておりません。それに反故にした場合、彼らの方にとってリスクにしかならない結果になるのではないでしょうか?」
その言葉に頷きつつ鍋島長官も同意見だという事を伝える。
「僕もそう思うね。なんせ、連中にとっては虎の子のビスマルクとグナイゼナウを人質に取られているようなものだからね」
「そう、その通りです。今回の件、この二艦の修理が終わった後なら、ありえなくはないでしょう。もっとも、もしそれをやっちゃうと休戦条約も反故にするわけですから、戦争状態継続のままという事になりますからこっちの都合で攻撃されても文句は言えなくなりますが…」
中田中佐の説明に、山本大将や川見大佐も納得がいったようだった。
「つまり、連中としては、こちらに根回しをする暇のないまま宣言せざるおえなかったということなんだろう。恐らくだが、そのうち派遣している艦隊から連絡が来るんじゃないかな…。だから、二・三日は様子を見るってことでいいと思うんだが、皆の意見はどうだい?」
鍋島長官の言葉に、全員が同意を示す。
それは裏を返せば、どう転んだとしてもフソウ連合としては、損はしないように動いているという事があるからである。
実際、すでにキナリア列島の基地化計画は、昨日にはほぼ計画が決定し動き出している。
今更どうこう言われたとしても、結局はそれが条約によって実行されるか、実力行使で実行されるだけの違いでしかない。
「さて…。他の国はどういった対応をするのかねぇ…」
窓の外の景色に視線をやりつつ、鍋島長官は呟く様にそう言ったのだった。
帝国海軍と密約を結んだ王国でも同じように王城の秘密の部屋で四人による会議がもたれていた。
しかし、こちらには、宣言の後にすぐにでも秘密理に今回の件についての連絡が入っている。
それは、王国への距離とフソウ連合への距離の差が大きい。
また、王国と帝国には外交チャンネルがあるがフソウ連合と帝国の外交チャンネルはないのも関係しているだろう。
「つまり、秘密理に結んだ条約は継続したいと?」
『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵は片目を少し吊り上げ気味に聞いてくる。
「ええ。そういうことみたいですね。帝国海軍としても、急激に勢力を拡大している連邦に危機感を持っているのでしょう」
答えたのは、今回、帝国海軍との交渉を担当したアッシュだった。
「確かに…。たった二週間で一気に流れが変わったからな」
そう言って相槌を打つのは、『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿である。
彼ほどの人物でも、今回の事はかなり驚くことだったらしい。
だが、そんなメイスン卿を呆れ顔で見ながらオスカー公爵が突っ込む。
「あれだけ国内がガタガタなら、一気に崩れるのは当たり前だ。あれで一気にいかなければ、もっと国民は苦しんだだろうな」
「そんなものかね?」
顎鬚を触りつつメイスン卿がそう言うと、ふーと息を吐き出してオスカー公爵がぼそりと答える。
「そんなものだよ。崩れ去るのはあっという間だ。だからこそ、我々はそうならないように苦労しているんだ。戦争の事しか考えない戦争屋とは違う悩みがあるんだよ」
「ふーん…。さいですか…。さすがは政治家ってやつだな。やっぱり頭の中身が違うらしい…」
目を細めて顎鬚をいじりつつ面白くなさそうにそう答えるメイスン卿だが、その口調は相手を小馬鹿にしたようなニュアンスがあった。
「お前なぁ…」
オスカー公爵の言葉に怒気が混じりだす。
しかし、すぐに王であるウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークが二人をなだめる。
そしてアッシュの方を向いて聞いてきた。
「つまり、条約は有効という事でいいんだな?」
「はい。それでですね、一部を公表したいといってきました」
「一部とは?」
「王国とフソウ連合とは、我々はもう休戦協定を結んだという部分だそうです」
そのアッシュの言葉に、メイスン卿は実に面白そうに、オスカー公爵は目を細めてニタリと笑みを、国王は苦笑を浮かべた。
「なかなかのやつがいるようですな」
そう言ったのはオスカー公爵だ。
「ああ。本当に面白い事を言いやがる」
そう言って答えたのはメイスン卿で、国王はアッシュに聞き返す。
「やつらは正確には何と言っているんだね?」
「どうやら『ショウメリア公国は、すでにウェセックス王国とフソウ連合の両国と正式に休戦を結んだ』とやりたいようですね」
アッシュのその言葉に、三人はやっぱりかと言う顔をする。
その様子に気になったのだろう。
「どういう事でしょうか?」
アッシュがそう聞き返すと、メイスン卿が笑いつつ答えた。
「つまりだ。俺らは二つの国とは休戦協定を結んだが、他の二つは関係ないので好きにしてくださいってことだ」
「それって…」
「そう。連邦と親衛隊の連中に、圧力をかけるつもりなんだろう。三つ巴の状況を少しでも自分達に優位にする為に色々手を打っていくつもりなんだろう」
そういった後、メイスン卿は苦笑して言葉を続ける。
「もっとも、巻き込まれるこっちとしてはあまりいい気はしないがね」
その点は、同意見なんだろう。
オスカー公爵も頷いている。
そんな二人を見つつ国王が笑いつつ言う。
「まぁ、いい気はしないが、我々はもう帝国海軍にチップをかけてしまったからな。彼らのお手並みを拝見するという事でいいんじゃないか?」
その言葉に、残りの三人は頷いたのだった。
「フソウ連合の方は?」
ノンナは今までの副官の軍服ではなく、なにやら飾りのついた貴族の服を着て政務の中心となる海軍省改め公国中央政府事務局の廊下を歩きながら、後ろをちらりと見て聞く。
後ろには同じように歩いてついてくるビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル少将がいる。
「はい。遅れましたが派遣艦隊の方にこっちの要求は送っております」
「そうか。それで、王国の反応の方はどうだ?」
そう言いつつ、ノンナは時折肩を少し動かしたりしている。
どうやら少し窮屈そうだ。
その様子に、ビルスキーア少将は少し苦笑を浮かべたが、すぐに真顔になって答える。
「はい。恐らくですが、こっちの要求を呑んでくれるでしょう」
「ふむ…。恐らくでは困る。すぐに確認を…。それとフソウ連合の方も確認を急げ」
「はっ。了解しました」
ビルスキーア少将はそう答えた後、少し考え込んだ様子で聞いてくる。
「あまり性急すぎではありませんか?」
その言葉に、ノンナの足が止まる。
そして後ろについてくるビルスキーア少将に顔を向けた。
「親衛隊がアデリナを担ぎ上げてくるのは時間の問題でしょう。今の親衛隊はそれだけ追いつめられていますから。そして、親衛隊がアデリナを新たな主とした場合、三つの勢力の中でもっとも立場が弱くなるのは我々です。それを防ぐ為に、アデリナが担ぎ上げられる前に我々の正当性を示さなければならないのです。そうしなければ、領民はこの地を離れてしまう恐れさえあります。そうなれば、もう遅いのです」
そう言われ、ビルスキーア少将は何も言えなくなった。
ノンナの言葉の節々から、本当ならもっと準備をして宣言したかったと思っているのはノンナ自身だと気が付いたからだ。
「申し訳ございません。出過ぎた事を…」
「いや、気にするな。私自身も性急すぎると自覚しているのだからな…」
苦笑してそう言うと、ノンナは視線を前方に戻す。
これでもう後戻りは出来なくなった。
さて、ここからが正念場だ。
ノンナは心の中でそう決意を新たにすると歩き出す。
やる事は山とある。
そして、時は止まってはくれない。
すべての人に、平等に時を与える。
それをうまく使ったものが、成功するのだから…。




