日誌 第二百七十日目
ほんの数時間前に提出された帝国の、いや今では連邦といったほうがいいだろうか、現状の報告書を読んで僕はため息を吐き出した。
予想外の動きである。
まさかこんな短時間の間に簡単に連邦が力をつけるとは思いもしなかった。
まだ帝国海軍は力を温存しているし、共産主義の落とし穴に国民が気がついた場合の事を考えれば、十分に盛り返せる。
そう、まだ決着はついていない。
しかし、現状は予断を許さない状況であり、下手すると投資した分を取り戻せない恐れが出てきたのも事実である。
ならばどうするか…。
本当なら不義理はしたくはないが、今後のアルンカス王国との連携を考えれば、フソウ連合とアルンカス王国の間にあるキナリア列島は、補給地点としても、無線連絡の中継基地としても重要になる。
この地に無線中継基地と補給基地があることで、この海域に無線中継として艦を派遣する必要がなくなるだけでなく、二式大艇の二ヶ国連絡定期便の為の補給として水上機母艦を用意しなくても済む。
また、海軍基地があれば、外洋艦隊で艦が足りないときの援軍も派遣しやすくなるだろう。
連邦にとっては、ただの南の端の無人島だけの漁場としての価値しかない列島だが、フソウ連合やアルンカス王国にとっては重要拠点となりえる。
やはり、強引にでもやっておくべきか…。
そう考えると、僕は東郷大尉に実働部隊の長である山本大将、参謀部の新見中将、諜報部の川見大佐を呼んでもらうようにお願いした。
二時間後の十四時。
三人は揃って長官室にやってきた。
「どうされたのですか?方針会議は二日前に終わりましたが…」
まずそう聞いてきたのは、新見中将だ。
僕は三人を見回すとため息を吐き出して口を開く。
「帝国の…いやもう連邦と言った方がいいかな、ともかくあの国の現状を皆も知っていると思う」
三人が頷くのを確認すると僕は言葉を続けた。
「一応、帝国海軍は現状を維持している。それに連邦がこのまま一気に全土を支配するとは思っていない。しかしだ、先がどうなるかなんてのはわからない。そこでだ…」
一旦言葉を切り、口の中にたまった唾を飲み込む。
「不義理とは思うがキナリア列島を先に占領し、基地を建設する」
僕の発言に三人とも驚いたようだった。
確かに以前ならこんな事は発言しないだろう。
だが、フソウ連合とアルンカス王国の今後の事を考えれば必要となる。
三人はしばらく黙り込み、考え込む。
そしてまず口を開いたのは新見中中将だった。
「珍しいというか、初めてではないですかな…長官のそういった発言は…」
「ああ。初めてだと思うよ。僕だって出来ればこういったことはしたくないんだけどね。しかし、もしもの時に備えるならやっておくべきだと思ってね」
僕の発言に、しばしの沈黙の後、山本大将が口を開く。
「良いんじゃないですかね」
それに続けとばかりに新見中将、川見大佐も言葉を発した。
「問題ないと思いますよ」
「ええ。長官の思うままにやるべきですよ」
そして、二人の意見の後、山本大将がニタリと笑う。
「なんせ、帝国とはまだ戦争状態のままですからね。表向きは…」
「しかし、連中は、自分達と帝国は関係ないと言うだろうな」
そう言う僕の言葉に、新見中将はすました顔で反論する。
「まだキナリア列島を連邦は占領していませんし、彼らはその地を自分達のものだと宣言していません。なら、帝国領のままという事です」
要は屁理屈ではあるが、それを言われてしまえば、連邦は何も言えないだろう。
もし、帝国のものを連邦が受け継いだというなら、帝国との戦争はそのまま連邦との戦争へと移行するだけだ。
だから、占領しても何も言われる筋合いはない。
それに、海軍力の乏しい連邦にとって、島国のフソウ連合との戦争は、避けたいところだろう。
なんせ、艦艇によって好きな時に動いて、好きなところを攻撃できるのである。
ましてや、戦艦の艦砲の射程距離を考えれば、最大でも十センチ未満の野砲ではまったく歯が立たないだろう。
つまり、ただ一方的にサンドバックのごとくやられるだけとなる。
「それに、諸外国も連邦にはいい顔はしないと思いますよ。ですから連邦が文句を言ったとしてもほとんどの六強の各国は中立かフソウ連合寄りになるでしょうね」
そう言ったのは、川見大佐だ。
確かに、全ての国民に富を平等に分配するという考えは、各国の利益を阻害する考えだ。
それに植民地にそんな思想が入り込んだら、今までどおりに支配することは難しくなるだろう。
ある意味、各国にとってすぐにでも消えて欲しいと思っているに違いない。
特に連盟は数多くの商人によって建国されている為、まさに水と油と言っていいだろう。
そして、ニタリと笑った後、川見大佐は言葉を続けた。
「もしそうならなくても、必要になったら各国の駐在大使を使ってこっち側に工作すればいいだけです」
ある意味、諜報部らしい台詞だが、実に物騒ではある。
「だから、穏便にね…」
僕が思わずそう口にすると、ますます楽しそうに微笑んで川見大佐が言葉を返してくる。
「穏便ですとも…。ええ。穏便に済ましますとも…」
いや、それが怖いんですけど…。
思わずそんな事を思いつつ、僕は苦笑いをして口を開く。
「ありがとう。みんなの意見はもっともだと思う。これで少しは後ろめたい気持ちではなくて命令を出せそうだ」
まぁ、一部怖い意見もあったけどね…。
そうは思ったものの、それは口にしない。
それは僕の計画の事を考えての意見であるし、後は突っ込んだらどんな話になるか怖いからである。
そんな事を思いつつ僕がそう言うと、山本大将が実に楽しそうに笑った。
「最近、長官も腹黒くなられたと思ったが、まだまだですな。もっと図太くなっていただかねば…」
「確かに、確かに…」
そう言って相槌を打ったのは、川見大佐だ。
そんな二人をちらりと横目で見つつ新見中将がため息混じりに言う。
「私としては、今のままでも十分だと思いますがね。最初に比べれば今では十分に腹黒いと思っていますので…」
その言葉に僕は苦笑し、残りの二人は笑っている。
新見中将はそんなみんなの様子を苦笑して見ていたが、すぐに姿勢を正すと僕に聞いてくる。
「それで、長官としては、どんな計画を考えておられるのですか?」
その質問に、僕は列島の地図(潜水艦により事前に調べて作製したもの)を広げて説明していく。
「僕の考えとしては、将来的には、列島に通信中継基地を二つ以上、水上機用の基地を一箇所以上、補給機能を備えた主港一箇所と補助港二箇所以上を最低限として考えている」
僕の説明に、三人は驚きの表情で地図を見ている。
「これはかなり大掛かりですな。てっきり通信中継基地と港を一箇所ずつぐらいかと思いました」
新見中将が地図を見たままそう言うと、僕は苦笑して答える。
「最初はそれでいいと思うんだが、将来的にはそれ位の規模を考えている。本格的にアルンカス王国と貿易が始まれば、この航路はフソウ連合にとって特に大事な航路になるだろう。だから港が一箇所では足りないだろうし、それに民間と軍が一緒の港では不都合があるかもしれないからね。それと通信中継基地を複数用意するのは、トラブルのあった時の事を考えての処置だ。トラブルで音信不通で連絡が取れないなんてのは無しにしたいしな。あと水上機基地は、列島の海域の哨戒と警戒、それに二式大艇によるアルンカス王国との定期便の中継所にする為といったところかな」
「なるほど。確かにこれならば足の長い水上機による哨戒でアルンカス王国とフソウ連合を繋ぐ海路を全てチェックが可能となる…といったところも含んでというところでしょうか…」
山本大将の指摘に僕は頷く。
「僕はね、この海域は将来的にフソウ連合の生命線になると考えている。だからここはなんとしても押さえたい。少々強引でもね」
「では、長官としてはどこが良いと思われますか?」
その問いに、僕は地図の上の一番大きな島を指しながら口を開く。
「メインの港はここの一番大きな島がいいと思う。ここは湾全体をうまく使えば十分大型船を何隻も停泊できるスペースを確保できるからね。それにここの平地は、補給施設や簡単な街などの施設を建てるのにちょうど良いんじゃないかな。それに反対側もうまく使えば水上機基地としても使えそうだし…」
「ふむふむ。大きさも手頃ですし、ここの山の部分は、通信施設の設置に向いているようですな」
顎に手を当てて考えながら新見中将が相槌を打つ。
「確かに。まずそこに施設を集中させて開発するのを第一弾とし、その後に補助の港や通信施設を他の島に用意するというのはどうでしょうか」
そう提案したのは、川見大佐だ。
「ならば、警戒用の電探施設も作らねばならんだろう。フソウ連合本国には、嵐の結界を変更した警戒用の結界があるが、ここにはそういったものはないからな。水上機による索敵だけでは足りないこともあるだろうしな…」
山本大将が腕を組みながらそう言うと、すぐに新見中将も同意を示す。
「確かに山本のいう通りだ。情報が無ければ何も出来ませんからな」
「しかしだ。それを動かすには電力が必要となるぞ。それをどうするかだ…」
「確かに。ならば…」
どうやら互いに色々な意見があるようだ。
熱心にいろいろな事を話し合っている。
それに基地を作るにしても資材や予算、それに他にも色々な意見が必要になるだろう。
そう考えた僕は三人に提案をする。
「三日後の幹部会議に時に、今回の件は報告したいと思う。そこでだ。各時にその時に使う草案をそれぞれ作ってきて欲しい。どうだろうか?」
その言葉に、三人が頷いた。
こうして、のちにフソウ連合の最南端基地であり、本島に次ぐ重要拠点となるキナリア海軍基地建設の計画がスタートしたのであった。




