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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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決別

先行するアデリナ艦隊に装甲艦リュッツオウ、アドミラル・シェーアの二隻が合流したのは夜が明けかけている早朝、六時だった。

「どうやら損害は無いようね」

二隻を見てアデリナがほっとした表情を見せる。

以前ならありえない事だ。

多分、ノンナがいたら驚いていただろう。

しかし、そのノンナはいないし、アデリナ自身も自分の変化に気が付いていなかった。

「しかし上手くいきましたね」

副官のゴリツィン大佐が安堵の息を漏らしていう。

しかし、すぐにアデリナの表情は硬くなった。

たしかにここまでは上手くいった。

しかし、今から最大の難所を突破せねばならない。

帝国海軍の領海突破だ。

事前に通過することは伝えてある。

どうせ黙っていてもばれる事であったし、それならば事前に連絡を入れることで海軍に対しての撹乱にでもなれば良いという思いもあったが、それよりも何より大きいのはノンナなら今は戦わないだろうという思いが大きかったからだ。

だから海軍が管理する海域を通過する事を事前に伝えたのだ。

それに、もし連絡もせず通過するとなったら、ノンナに知られる前に前線の指揮官の判断で攻撃されるかもしれない。

だが、ノンナがこの事を知ったなら、攻撃を止めるだろうという思いがあった。

それはある意味、未だにノンナに未練があるということであり、もしかしたら私の元に帰って来てくれるという甘い考えも少しは含まれていたのかもしれない。

しかしである。

思っている事と、実施する事は別物だ。

わかっているはずなのに、不安はどんな隙間からも湧き上がり、心の中でむくむくと大きくなっていき、ゆっくりと思考を麻痺させて悪い方へ導こうとしていく。

もし、ノンナが私達と戦わないと思わなかったらどうなるのだろうか。

もし、ノンナにまで報告が行かなかったらどうなるのだろうか。

そんなことばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。

だが、賽は投げられたのだ。

もう後戻りは出来ない。

アデリナは艦隊編成を整えると、自分の指揮するアデリナ艦隊を先頭に、その後を輸送船団として動き出した。

艦隊の移動速度はかなり遅い。

しかしそれは仕方がないのかもしれない。

アデリナ艦隊の艦艇以外は、積載量ギリギリまで物資や兵員を積み込み、その上、最低限の人数で動かしているのだ。

いつもと同じように動けるほうがおかしいといっていいだろう。

「このまま、何事もなく無事着いてくれ」

艦隊の動きを見て無意識の内に呟いたゴリツィン大佐の言葉は、アデリナ艦隊のほとんどの者の素直な意見であった。


二隻と合流し、出発してから八時間後、問題の帝国海軍の領海に入ってから一時間が経った。

今のところは問題なく進んでいたが、やはり輸送艦隊の速度の遅さで予定より通過にかかる時間は長くなりそうであった。

「遅れているのではなくて?」

アデリナのその言葉に、ゴリツィン大佐が申し訳なさそうに言う。

「申し訳ありません、アデリナ様。なにぶん最大積載量での運行ゆえ、無理が利かないようなのです」

その言葉に、アデリナは少し眉をひそめるも「仕方ないわね…」と言って黙り込んだ。

そして、しばらく黙ったまま前方を睨んでいたが、すぐに口を開く。

「うちの艦隊の装甲巡洋艦を何隻が先行させなさい」

後ろの艦隊の速度が遅いのなら、早く相手の動きを知り対応していこうというつもりなのだろう。

アデリナの指示を受け、アデリナ艦隊の装甲巡洋艦二隻が速度を上げて先行し始める。

それを目で追いながらも、アデリナの表情は硬いままだ。

もし、予想通りにいかなかったら、それに対応する為にまだ何か出来ないか。

それをずっと考え込んでいる。

だが、それ以降いい考えは浮かばなかった。

イライラしていたが、以前のように物に当たったり、叱り飛ばしたりはしない。

全ては自分の判断でやっていることなのだから…。

だから、ふと思いつく。

今考えれば、あれはノンナに対して甘えていたという事なのではないかと…。

あー、そりゃ、私の元は離れるわねぇ…。

アデリナは、やっと硬くなっていた表情を崩して苦笑した。

本当に、何やってんだろう…。

そんな事を思った時だった。

通信士が声を上げる。

「先行するリッターセンサ、リッターリット、それぞれから緊急連絡です。前方に帝国海軍らしき艦隊発見。数、およそですが五十。超大型戦艦の姿も見えるということです」

その報告に、アデリナはニタリと笑った。

そしてすーっと一滴の汗が額から落ちる。

「シャルンホルストか…。ならいるよね、ノンナ…」

ぽろりとアデリナの口から聞き取れないほどの呟きが漏れる。

「アデリナ様、何か?」

何かの指示かと思い、ゴリツィン大佐が聞いてくるのを、アデリナは「なんでもない」と言って誤魔化した。

そして後方の艦隊に指示を出す。

「帝国海軍のお出迎えのようだ。我々の艦隊はこのまま彼らのご招待を受ける。後ろの艦隊は、さっさとこの海域を抜けて先に進め」

その命令により、後方の輸送艦隊は、ゆっくりと進路をずらしていく」

「アデリナ様、我々は?」

「進路はこのまま。速度を上げて先行する装甲巡洋艦に追いつくわよ」

「了解しました」

「それと装甲巡洋艦に絶対に砲撃はするな。攻撃は禁止だと言っておいて…」

アデリナの言葉に、ゴリツィン大佐が恐る恐るといった感じで聞いてくる。

「しかし、敵が撃ってきたら…」

「それでも攻撃しては駄目です。例え沈められたとしても攻撃するなと伝えなさい」

その言葉と真剣な表情に、ゴリツィン大佐は慌てて通信士に今言われた事を伝えるように指示をした。

その様子をちらりと見た後、アデリナは再び前方を睨むように見る。

まるで、まだ見えていないはずの帝国艦隊を見据えているかのように…。


先行していた装甲巡洋艦二隻とアデリナ艦隊が合流したのは、およそ三十分後だった。

そして前方のはるか先には、帝国艦隊がじっとこちらを待ち構えている。

報告にあったとおり、五十隻前後の艦艇が確認できる。

こちらは、重巡洋艦プリンツ・オイゲンを旗艦とし、ドイッチュラント級装甲艦一隻、Z-31型駆逐艦四隻、それに戦艦二隻と装甲巡洋艦八隻の十六隻で、補給基地砲撃を行った装甲艦リュッツオウ、アドミラル・シェーアとZ-37、Z-38の二隻のZ-31型駆逐艦、それにそれ以外のアデリナ艦隊の艦艇は、輸送艦隊の護衛として後ろの艦隊と同行させている。

つまり、今、帝国艦隊と戦える戦力はここにいるアデリナ艦隊十六隻のみであり、それに対して帝国艦隊は、新型艦こそ戦艦シャルンホルストのみだが、数だけなら実に三倍である。

また、乗組員の練度は、だいぶ慣れてきたとはいえ、帝国海軍と比べられるものではなく、雲泥の差であろう。

つまり、まともに戦っても勝率はかなり低いという事である。

艦橋内がシーンと静まり返り、異様な空気が辺りを満たしていく。

だが、そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、アデリナは口を開いた。

「艦隊、そのまま前進せよ。ただし、砲身のカバーは外さずにしておけ。後、絶対に砲塔砲身共に動かすな」

前方を睨みつつ、アデリナはそう命じる。

誰もが汗を噴出し、恐怖と戦っているようであったが、それでも彼らはアデリナの命に従う。

ただ、誰もが黙り込んでいる。

まさにピーンと張り詰めた糸のような緊張感がその場を支配していた。

段々と帝国海軍が近付いてくる。

いや、それは違う。

彼らは動いていない。

自らが近付いているのだ。

それは、まるで互いににらみ合う真剣勝負のような雰囲気であった。

ここで誰かが緊張に負けて余計な事をやってみたとしよう。

そうなれば緊張の糸は切れて戦いが始まり、ここは一気に地獄となるだろう。

まさに一発即発という状況だ。

しかし、そんな中、アデリナは笑っていた。

額に汗を浮かべながら。

背筋にゾクゾクしたものが走る。

今までの海戦では感じられなかったもの。

それが、彼女を満たしていた。

そんな中、アデリナ艦隊と帝国海軍艦隊の距離は段々と近づいていく。

そしてついに互いの艦隊はすれ違った。

すれ違いざまに、アデリナは呟く。

「ふふっ。やっぱりノンナね、そこにいるのは…」

そして、視線を前方からすれ違う帝国海軍艦隊の、いや正確に言うと旗艦の戦艦シャルンホルストに向けた。

別にそれでノンナの姿が見えたわけではない。

しかし、アデリナは感じたのだ。

ノンナの息遣いを…。

ノンナの気配を…。

そして、それにあわせるかのようにシャルンホルストから発光信号が発せられた。

発光信号で送られてきたのは、『今回の航海における貴艦らの無事を祈る』という言葉だ。

ゴリツィン大佐が不思議そうな顔をする。

「これってどういう意味でしょうか?」

そんな副官の様子を楽しそうに見ていたアデリナだったが、笑いつつ答える。

「要は、『次は見逃さないから覚悟しとけ』ってことでしょうね」

そして聞こえない程度の声で呟く…。

「ノンナらしい」と…。

そして、アデリナはすっきりした表情になった。

これでノンナはもう戻ってこないと踏ん切りがついたためだ。

そして、笑いつつ宣言した。

「いいわ、ノンナ。あなたに本当の私の力を見せてあげる。楽しみに待っていなさい」

それは、ノンナを敵として認識する事の宣言でもあった。

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