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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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エスケープ・プラン  その4

エスケーププラン発動から三日目の昼。

ついに国民義勇軍の部隊が軍港モッドーラに向かっているのが監視気球によって確認された。

その総数は、正確にはわからないが間違いなく万は超えており、かなりの数の野砲なども確認できた。

それはつまり、帝都が陥落したという事を示しており、またこれから本格的にモッドーラが戦場になるという証でもあった。

その報告を聞き、アデリナはついに来たかと苦笑いをしたものの、すぐに表情を引き締めるとプランの進行状況の確認を行った。

「物資の振り分け、及び輸送艦船への積み込みはほぼ終わっております。残りは護衛用の艦艇への燃料補給で本日の夕方には完全に終了いたします」

運搬運送の前線指揮を任せられているドミートリー・イヴァーノヴィチ少尉が満足そうな表情でそう報告する。

「計画よりも早いわね」

アデリナがそう聞き返すが、それもそうだろう。

計画では、積み込みは明日までかかる予定だったのだ。

「はい。皆の踏ん張りと輸送物資のパッケージングによる簡略化でかなり計画を前倒しできました」

輸送物資のパッケージングとは、今で言うコンテナによる輸送方法だ。

ただ、現状の輸送船などの規格に合わせてあったため、大きさは小さくて用意されたものの数はそれほど多くなかったが、それでも港でコンテナに入れてそのまま船に積み込むという方法は、人の手で運び込むよりもはるかに早いし効率が良かった。

この方法は、召喚複製の魔法によって超大型艦であるテルピッツやビスマルクを有した際に、その砲弾や弾薬の輸送の為に考え出されたもので、実際に使用してみてその効率の良さに、帝国海軍ではかなり浸透しつつある方法でもあった。

「そう。それは朗報ね。本日中に確実に終わらせなさい」

「了解しました」

「次に工作作業の方はどうかしら?」

アデリナの視線が、イヴァーノヴィチ少尉から工作の前線指揮をしているボリス・フョードロヴィチ・ゴドゥノフに動く。

その視線の先には、苦虫を潰したような表情のボリスの顔があった。

「すまねぇ、姫さん…」

その言葉と表情が全てを物語っている。

アデリナはため息を吐き出すと聞き返した。

「現状は?」

「計画は若干のずれはあるものの一応プランどおりに進んではいる。だが、物資積み込みの大型クレーンが手間がかりそうだ。それで遅れるかもしれねぇ」

その言葉に、アデリナは現在物資積み込みの為にフル稼働している大型クレーンを頭に浮かべる。

たしかにあの大きさを考えれば、使用できないように破壊するには手間だろう。

それに、今使っている以上、工作はそれが終わってからになる。

なるほど、計画からどうしてもずれてしまうわけだ。

もっとも運搬輸送が計画より早くなる分、遅れは最小にとどまりそうだ。

「それと機雷の準備は?」

「そっちはすでに終わっている」

「なら、間違いないか再度確認をしておいて。機雷の設置は一番最後になると思うから、いざやってみたら駄目でしたじゃすまないからね」

「わかってますよ。これでも海軍の敷設部隊にいたこともあるんだ。任せときな」

「ふふっ。じゃあお願いするわよ」

アデリナはそう言って微笑むと最後の防衛の前線の指揮官であるフョードル・ムスチスラフスキー少尉に視線を動かした。

「防衛の方は準備は終わっている。いつでも戦えるぞ。今の状況なら三日どころか一週間は持ちこたえてみせる自信はあるぞ」

そう言ってニタリと笑うその顔は実に自信満々だ。

「頼もしいわね」

アデリナがそう言って笑ったが、ムスチスラフスキー少尉は反対にすぐに苦虫を潰したような表情になった。

「ただし、敵さん、昨日の事を確認してたみたいでな。うまく射程距離外に布陣している。あれではこっちからちょっかいはだせん」

「別にこっちからちょっかいを出さなくてもいいんだけどね」

「いや、出だしにかなりの被害を与えたほうがいい場合もあるからな」

それはその通りだろう。

海戦とは違い、陸上戦は一回の戦闘で終わるという事はない。

それこそ、前日のように敵が全滅すれば別だが、普通は手を変え品を変えての攻略が行われる。

ゆえに初日に大ダメージを与えた方が次の攻撃に対しての時間が稼げるし、敵に恐れを抱かせる事で攻撃を躊躇させることも出来る事を言いたいのだろう。

「さすがに、それは出来たとしても許可しないわよ」

奇襲が上手くいくこともあるが、それは絶対ではない。

それどころか、時間稼ぎの防衛戦という目的と失敗して貴重な戦力を失う事を考えれば下策となる。

「わかってはいる。しかしだ、敵を目の前にしてこっちから手を出せないのは、精神衛生上あんましよろしくなくてな」

「別にそれは貴方たちだけではないんじゃないの?」

アデリナの言葉に、ムスチスラフスキー少尉は驚いた顔をする。

「そりゃどういうことですかね?」

「昨日の戦いの有り様を知っているなら、きっと相手も思っているわよ。どうやって攻め込もうかとイライラしてね。多分、貴方達以上に精神衛生上よくないと思うんだけど…」

その言葉に、きょとんとした顔をした後、ムスチスラフスキー少尉は膝を叩いて大笑いをした。

「そりゃそうだ。これは一本取られたな」

「そう言うことだから、夜間は特に警戒は厳重にね。彼らにしてもここに時間をかけるつもりはないと思うから、我々の士気を下げる為に恐らくだけど少数部隊による破壊工作や侵入撹乱を狙ってくると思うからね」

「了解しました。警戒は厳重に行います」

ムスチスラフスキー少尉は表情を引き締めると頷いた。

「それでは、各自プランの遂行を急ぎなさい。遅くとも明々後日にはここを出ますよ」

「「「はっ」」」

三人がそれぞれ頷きつつそう返事を返すと立ち上がる。

すぐにでも現場に戻る為だ。

さすがにこんな時期に手を抜いたりする輩はいないと思うが、それでも悲観して自暴自棄になってしまう場合がないわけではない。

それに、現場に指揮官がいるという事は、兵達にとって心の支えの一つであるという事に他ならないのである。

こうして、軍港モッドーラ側は万全の準備がすんでいる中、攻め込む国民義勇軍の方はというと、こちらもモッドーラ攻略を確実にする為に動き始めていたのだった。


「しかし厄介ですな…。あの陣のつくりは中々隙が見当たりません」

目の前に広がるモッドーラの防衛陣地を眼鏡をずらして双眼鏡で確認しつつ神経質そうな表情をますます顰めて国民義勇軍第三軍団の軍団長付き参謀のミハイル・ナゴイ大佐はため息を吐き出した。

「確かにな。だがね。もっと厄介なのはあの重戦艦だな…。あれのおかげでこちらの野戦砲が設置できない上に、部隊も先に進む事ができん」

そう答えたのは、同じく双眼鏡で敵の動きを確認している真っ白な雪のような白髪と整えられた髭を携えた小太りの人物、この軍団の軍団長であるドミートリー・イヴァーノヴィチ中将だ。

この第三軍団の最高責任者であり、それに追随して行動する民兵による部隊を含む実に二万近い戦力を持つ兵力の指揮官でもある。

「確かにそうですな。陣にたどり着く前にあの重戦艦を何とかしなくてはいけませんな」

そういった後、双眼鏡を外すと眼鏡をかけなおして苦々しく言葉を続ける。

「我らに海上戦力さえあれば…」

「それを言うな。それにその海上戦力を手に入れるためにあの軍港と停泊している艦艇を手に入れなければならないんだろう?」」

同じように双眼鏡から目を離したイヴァーノヴィチ中将はそう言ってナゴイ大佐を宥める。

「まさに、鶏が先か、卵が先かですな…。無理難題過ぎますよ」

「しかし、やらねばならん。我々を引き上げてくれた同士プリチャフルニアの為にも…」

「それに新しい祖国の為にも…だろう?」

「違いない」

そう言って二人は笑った。

そしてしばらく笑った後にナゴイ大佐が真剣な表情で提案してきた。

「あまり正道ではないんだが…」

「何を言う。確かに戦いに戦時法という国際ルールはあるが、それに触れられないのなら何をやってもかまうものか。戦いに正道も邪道もないからな」

「確かに…」

苦笑してそう言った後、ナゴイ大佐は言葉を続ける。

「あの重戦艦がなければ、連中の遠距離火器はほとんどないと言っていいだろう。だからまずあの重戦艦を何とかしようと思う」

「うむ。それは私もそう思ってはいた。しかし、方法があるのか?」

「だから言ったでしょう。正道ではないが、と…」

そう言われてイヴァーノヴィチ中将は苦笑すると「確かに言ったな…」と肯定する。

「恐らく港周辺の警戒はかなり厳しいものだと思う。だが沖に停泊している重戦艦に関してはそこまでではないと思うし、港に比べれば警戒はザルのようなものだ。まぁ、周りを海に囲まれているから油断も生まれるだろう」

「ふむ。確かに…」

「そこでだ。小船で近くまで接近し、直接兵による爆破物設置はどうだろうか?」

「なるほど…。それは面白いが、実行できる者達はいるのか?」

「ああ。確か民兵の中に元々漁師だった連中がいるから、そいつらを使おう」

ナゴイ大佐の提案に、イヴァーノヴィチ中将は頷き答える。

「確かに名案だ。それにうまくいかなかったところで、我々の軍団には直接的に被害はないからな」

「その通りだ、同士よ」

「なら、今夜、実行しよう。タイミングがいい事に、今夜は月が隠れるからな」

「わかった。早速手配をする」

そう言ってナゴイ大佐が立ち去るとイヴァーノヴィチ中将は再び双眼鏡を覗き込んだ。

「さて…うまく重戦艦を黙らせたとして…その後は…」

彼の頭の中では、もう次の戦い方のプランを作り上げつつあった。


その日の夜。

新月の為、ただの星明りしかないために真っ黒い闇に近い海に複数の小船があった。

全てが手でこぐ小型船で、どちらかというとカッター、ボートといったところだろうか。

それらが何人かの人と荷物を載せて進んでいく。

その進む先には、巨大な影があった。

時折、探照灯が海面を照らすのは警戒の為だろう。

進む先にある巨大な影、それは親衛隊艦隊所属の四隻の重戦艦である。

ある程度近づくと小船から人が海に入り、何やら浮き輪の突いた大きな荷物を海に下ろしている。

かなりの重さなのだろう。

大きな浮き輪が突いているというのに、海面に出るかでないか程度に沈んでいる。

準備が出来たのだろう。ほんの一瞬だが、光が漏れないように覆われていたカンテラが数回覆いが外される。

それが合図となったのだろう。

海に飛び込んだ連中が荷物をゆっくりと押しつつ泳ぎだす。

その速度は速くないものの、見つかる事もなく進んでいく。

互いに申し合わせていたのだろう。

偏る事もなくそれぞれの重戦艦に接近する事に成功すると、荷物を艦に貼り付けて言われたとおりに設定を行う。

彼らが設定しているのは最新式の時限式発火装置で、荷物の大部分を占めているのは火薬である。

まさに時限爆弾と言っていいだろう。

それらを次々と設置すると、運び込んだ人々は慌てて小船の方に泳ぎだす。

いくら時限式とは言え、爆弾の近くにいたいと思うものはいないだろう。

出来れば少しでも遠くに離れたい。

その衝動が彼らを動かしていた。

それは愛国心がいくらあろうと変わらないだろう。

なんせ彼らにしてみれば、国を憂う気持ちがないわけではないが、自分の命が第一であり、次に大切な者達、そしてかなり下がった位置にあるのが愛国心といった程度であるからだ。

そして彼らが小船にたどり着こうとするかしないかの時間、約一時間後…、最初の爆発が起こる。

轟音と共に、一番手前にあった重戦艦の艦首付近から火と煙が立ち上る。

しかし、それで終わりではない。

それを合図に、次々と爆発が続く。

艦上では多くの乗組員達が慌てふためいているのか見える。

まさかの事態にパニックになってしまっているのだろう。

動きにまとまりがなく、余計に混乱を生み出している。

消火を行ったり被害を抑えようとする者はわずかで、ほとんどのものはただ騒ぎ立てているようにしか見えなかった。

それでも艦は沈没せずに浮かんでいたが、ついに弾薬庫に火が付いたのだろう。

盛大な爆発が起こると、まず奥の一隻が轟音と共に二つに折れて沈み始め、続いてその手前の艦が斜めになりひっくり返った。

残りの二隻も大きく傾き、今にもひっくり返りそうだ。

その戦果に、小船の人々は我を忘れて歓声を上げ、泳いでたどり着いた人々も責務を全うして達成感に満たされ満足そうだ。

こうして、深夜の破壊工作からアデリナ率いるモッドーラ残留軍とイヴァーノヴィチ中将率いる国民義勇軍第三軍団との戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

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