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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十七章 帝国崩壊の序曲

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銀の副官と魔女 その4


「しかし、よかったのでしょうか?」

カッターからシャルンホルストの艦橋に戻ってきたノンナに、ビルスキーア少将が近づいて聞いてきた。

彼の視線の先には、遠く離れていく雑草号の姿がある。

その問いに、ちらりと雑草号の方に視線を移した後、ビルスキーア少将に戻してノンナは笑いつつ答える。

「構わないわ。彼女は約束は守るでしょうね」

しかし、納得いかないのだろう。

ビルスキーア少将はずいっと顔を寄せて聞く。

「しかし、ただの口約束です。それにあの女が本当の事を話したとは思えません」

その言葉に、ノンナは苦笑した。

「まぁ、彼女の履歴を見ればそう思うだろうな。私だって最初はそう思っていたんだからな」

「なら…」

「だが、会ってみて私が問題ないと判断したんだ。それでは駄目か?」

「確かにあなた様の人を見る目は確かだと思います。そのおかげで私はここに居ることができるのですから。しかし…」

よほど納得いかないのかビルスキーア少将が食い下がる。

それは、裏を返せばノンナを心配しているという事であり、彼のノンナに対しての忠誠心の為でもある。

それがわかっている以上、ノンナは邪険な扱うどころか、嬉しそうに答えた。

「わかった。私がそう判断した理由はな、もう彼女は以前の災厄の魔女と呼ばれるほどの力がないと判断したからだ。だからこそ、彼女の言っている事が信じられるとも思ったんだ。もっとも、全て話したとは思っていないがな…」

「しかし、その魔女の力を失ったというのは本人が言っただけでしょう?」

「ああ。だがね、私の魔道遺物を警戒したり、わかりやすい虚勢を張ったりといった事を考えれば、以前の報告書の彼女とは違いすぎる。報告書どおりの彼女なら、そんなことをする必要はまったくない。ただ力押しで自分の思う通りに押せばいいのだから…。だが、それを彼女はしなかった。いや、出来なかった。その理由としては実に理にかなっているし、それほどの変化をもたらすという事は、よほどの事があったと言う事だろう」

「もしかしたら、謀っているだけかも…」

「それなら、それですごいぞ。あの交渉のお粗末振りを演技でやっているのなら…」

そう言われ、ビルスキーア少将は黙り込む。

彼もアンネローゼを見て報告書とは違う事にかなりの違和感を感じていたのだ。

そして、確かにあの対応はあまりにもお粗末過ぎた。

あれが計算されたものなら、騙されても仕方ないと思う。

それに、今まで災厄の魔女がこういった交渉ではいつも力押ししかやってこなかったと聞いており、そんな人間がいきなり計算高く演技できるとは思えなかった。

「だから、彼女の力を失ったという話は、納得できた。そう考えると彼女の話も納得できるし筋も通る。それにだ。あの密輸船を守ろうという必死さは本当だと思ったからな」

そして、ノンナは少し羨ましそうに、そして悲しそうな微笑を浮かべて言葉を続けた。

「もう、彼女は災厄の魔女ではないよ。ただの女だ…」

その様子に、ビルスキーア少将は黙り込む。

その言葉と表情から大きすぎる舞台の上から退出できる機会を得たアンネローゼへの羨ましさと幸せを願う気持ちがごちゃ混ぜになったんだろうと判断した為だ。

だが、ビルスキーア少将が何を考えているのかわかったのだろう。

ノンナは目を細めて左の口角を引き上げる。

「それに、心配しなくても口約束だけではないぞ。保険はかけるからな」

「保険ですか?」

「ああ。共和国に秘密裏に伝えてやればいい。『災厄の魔女が裏工作をする為に向っている』と…」

その言葉にビルスキーア少将は驚いた表情を見せる。

「危害は加えないと約束されたのでは?」

「ああ。危害は加えないと約束したな」

そして悪戯っ子のような表情をする。

それは、今までの彼女からは見たことのない表情だった。

「だが、それは我々が直接…という事だ。共和国が警戒して監視しようが、危害を加えようが我々が直接手を下すことではないからな」

ノンナの言葉に、ビルスキーア少将は噴出した。

「それは…また…」

「私は約束は破っていないぞ。情報を提供しないと言っていないしな…」

子供のような言い訳にますますビルスキーア少将は笑ってしまう。

「確かにその通りですが…、実に大人げないという気がしないでもありませんな」

「何を言う。謀とは騙し騙されるという事が前提だ。しかし、これは騙しているわけではないから、実に良心的だぞ」

そう言われれば、もう苦笑するしかない。

そんな表情をするビルスキーア少将を見た後、遠ざかっていく雑草号に視線を移してノンナが呟く様に言う。

「それに、彼女が約束を破らない限り、共和国も早々事を荒立てる事はしないでしょうしね」

その言葉は確信に満ちていた。


「本当ならこんな事を聞くのは駄目かもしれねぇけどよ」

そう前もって言った後、船長はアンネローゼに尋ねる。

「大丈夫だったか?」

その言葉は短かったが、心底アンネローゼの事を心配しているのがわかる。

それがわかったのだろう。

アンネローゼは、微笑むと「問題なかったわ」と返事を返す。

「もう帝国海軍は、私達に危害を加えないわ。その証拠に…」

そう言って書簡を出す。

その書簡を船長が受け取って読む。

「おい…こりゃ…」

読み終わって船長が唸る。

その手紙には、この船に関しては帝国海軍本部が責任を持つので便宜を図る事と記入されていた。

つまり、ここから先で、帝国海軍関係の艦艇に検問などを受けた場合、その書簡で簡単に解放されるという事を示している。

日時なども書かれていないし、帝国海軍のビルスキーア少将のサインと印までもが丁寧に押されており、下手したらかなり長い間有効に使える事が出来るかもしれない。

それほどのものであった。

「これで安心して進められるわよ」

アンネローゼはそう言って笑った。

しかし、すぐに表情を曇らせてしばらく考え込んだ後、船長に話がしたいと告げた。

その表情に、船長も表情を引き締める。

アンネローゼの顔に必死なまでの決意を感じた為だ。

「いいぞ」

そう言って船長は頷くと、周りの船員達に告げる。

「すまねぇが、二人きりにさせてくれ。なお、船長室にいるからなんかあったらすぐ知らせろよ」

雰囲気を読んだのだろう。

船員たちが頷き、それぞれ合意の返事を返す。

「よし…。話は向こうに行ってからだ…」

アンネローゼと船長は二人してブリッジから退出した。

その後姿を船員たちが心配そうに見ていたが、自分たちが立ち入れる話ではないと理解したのだろう。

誰もが黙り込み、ただ結果を待つのみの態度をしたのだった。


「で…話ってのは何だい?」

船長は、アンネローゼに椅子を勧めた後、彼女が椅子に座ってから自分も椅子に座って言った。

周りの雰囲気が重いように感じられるのは、それだけアンネローゼが真剣だという事なのだろう。

「実はね…私は…」

アンネローゼはそう口を開くと今までの自分の事を話し始めた。

今までの自分がやってきたことを。

多くの人々を死に追いやり、不幸にし、手は血で濡れて罪を背負っている事を。

自分の異常さ、歪みを…。

船長は、「昔は昔だ…」と言ってくれた。

だから、言う必要はないのかもしれない。

だが、それではずるい気がしたのだ。

今までのアンネローゼなら、それはずるいとは感じなかったし、今のように後ろめたい気持ちにもならなかっただろう。

自分以外はどうでもいいとしか思っていなかったのだから…。

しかし、今のアンネローゼは違う。

わずか数ヶ月ではあったが、死の淵に立ち、なんとか生き残って船長達と係わりあいを持つ事で知ってしまった。

自分の歪みと不完全さ、人間性のなさを…。

それ故に、彼女はより人より敏感に感じてしまっているのかもしれない。

だが、これは罰なのだ。

自分自身がやってきた事への…。

それに愛している人を騙したくない。

それが彼女を突き動かしていた。

船長は黙ってアンネローゼの話を聞いていた。

表情も変えずに…。

それはまるでアンネローゼの話を必死で受け入れようとしていたかのようだった。

そして、すべてを話し終わったとき、沈黙が辺りを支配した。

アンネローゼは俯き、ただ床を見ている。

船長は、黙ってそんなアンネローゼを見続けている。

まるで時が止まったかのようだ。

ただ、船の揺れにあわせて天井に付けられているランプが揺れていることで、時が止まっていない事を示していた。

どれほどの沈黙が立っただろうか。

それは二人にとってはとても長く、それでいて短い時間であっただろう。

「ふーっ…」

船長は意を決したのだろう。

息を吐き出した。

それにあわせアンネローゼの身体がびくんと反応するが、それだけだ。

「んんっ…。話はわかった…」

最初に船長はそう言うと立ち上がった。

船長の動きに怯えたような表情をして顔を上げるアンネローゼ。

しかし、船長はそのままアンネローゼを抱きしめると囁いた。

「心配するな。『昔は昔だ…』って言ったじゃねぇか」

そして、少し頬を染めて言葉を続ける。

「もうお前さんは俺のもんだ。俺の大事な嫁さんだ。災厄の魔女とか関係ねぇ。それでいいじゃねぇか…」

その言葉に、アンネローゼは嬉しそうに涙を流しつつ頷く。

「うん…」

アンネローゼの口からはそれ以上言葉が出てこなかったが、船長にとってはそれで十分だった。


そして、一ヵ月後、帝国が大混乱の中、一人の女性が共和国で結婚式を挙げて名前を変えた。

いや、正確に言うと名前を捨てたといったほうがいいのかもしれない。

そして、その日を境に、災厄の魔女はこの世界からいなくなったのだった。


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