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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十七章 帝国崩壊の序曲

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銀の副官と魔女 その2

互いに対峙し睨みあうかのような時間が過ぎていく。

どちらかがほんの少しでも動けば、この静寂と均衡は間違いなく崩れるだろう。

そんな危うさが感じられる精神をすり減らすような時間。

わずか三十分に満たない時間ではあったが、雑草号の船員や船長にとっては長い長い時間に感じられたことだろう。

だが、それも帝国海軍艦隊からの発光信号で終止符が打たれる。

「敵艦隊から発光信号きました」

その報告に、船長が叫ぶように言う。

「なんて言ってきてる?」

その問いに、見張り台の船員が双眼鏡で確認しながら一言ずつ口にする。

「『ハナシアイ ヲ オコナイタイ』以上です」

「話しあいだぁ?あれだけ追いかけまわしてどういうつもりだ?」

その言葉にアンネローゼは苦笑して答える。

「連中にしてみれば、出来れば引き込みたいってところでしょうか…」

そう言った後、アンネローゼの顔つきが真剣なものになる。

「だけど駄目だとわかれば即行で沈めにくるでしょうね」

雑草号の艦橋がシーンと静まり返る。

だが、その静寂を破るかのようにアンネローゼは笑った。

「もっとも、そんなことはさせませんけどね」

そう言い切ると承諾するという内容の発光信号を返すようにお願いする。

そして、『リョウカイシタ』という返信の後、帝国海軍艦隊から一際大きな艦が単艦で前に出てくる。

戦艦シャルンホルスト。

帝国海軍で唯一の現時点で戦闘に参加出来る超大型戦艦であり、テルピッツを失い、ビスマルクが動けない今、帝国海軍の力の象徴となっている艦でもある。

その存在感はとてつもなく大きく、まるで雑草号を威圧するかのようだ。

「ありゃ…なんだってんだ?」

船長の口から言葉が漏れる。

それはそうだろう。

雑草号に近づく事でその大きさの実感がよりはっきりとわかる。

普通の重戦艦、戦艦が全長130メートル排水量15000トン前後なのに対して、シャルンホルストは全長235.4メートル、排水量35500トンとなり、じつに二倍近い大きさなのだ。

圧倒されて当然である。

「戦艦シャルンホルスト…帝国が世界に誇る大戦艦の一隻…」

アンネローゼも実物を見たのは初めてだったため、圧倒されてそう言うのが精一杯だった。

「あれが…か…」

元々、船長は、密輸船雑草号を手に入れるまでは、海軍の軍艦乗りをやっていたのだ。

それ故に、軍関係者の知り合いから情報は得ているし、諜報部との繋がりなどもある。

だから、話は聞いていたが、否、だからこそより圧倒的な差を見せ付けられているのがわかる。

そんな艦が砲身を雑草号に向けていないとは言え、すぐ側まで来ているのだから、言葉を失っても仕方ないだろう。

だが、そんな雑草号の状況など知った事ではないとばかりに発光信号が送られる。

『コレヨリ シシャ ヲ オクル』

発光信号でそう伝えられると、シャルンホルストからカッターが下ろされ、雑草号に接近してくる。

それで我に返ったのだろう。

「いいかっ、各自武器の用意だけはしておけ。いいなっ。ただし、あくまでも準備だけだ。牽制とか、威嚇とか考えるなよ。連中に命を握られているのは、俺達だという事を忘れるなっ。それと、出迎えの準備だ。ただの密漁船だと舐められないようにしっかりやるぞ。俺達の誇りと意地を見せてやるぞ」

船長が慌てて命令を伝える。

船員たちも我に返り、いっせいに動き出す。

そしてそんな中、アンネローゼは疑問を感じていた。

なぜ、シャルンホルストを前面に押し出したのかと…。

恐らくだがシャルンホルストは旗艦であろう。

だが、危険が伴うかもしれない事に旗艦を前面に出すだろうか。

普通はそんなことはしないだろう。

なら、なぜ…。

すぐに思いつく理由としては、圧倒的な力を見せ付けることで威圧する為。

確かに、これは実際に成功していると思えるが、別にこんな事をしなくても威圧する方法はいくらでもあるし他の方法でも十分に出来るはずだ。

だから、わざわざ接近するにはあまりにも理由が弱い。

なら…。

そこである事に気が付いた。

もしかしたら…。

でも、そんな…。

だが、その考えが正しかった事をアンネローゼは十五分後に知る事になるのである。


十五分後、カッターが到着して六人の人物が雑草号の甲板に姿を現した。

甲板にはアンネローゼと船長、それに数名の船員が出迎えていた。

誰もが護衛のいかつい兵士と小ずるかしい感じの交渉の将校を予想していたが、それは半分当たりで、半分はずれとなる。

当たったのは護衛の厳つい兵士達の部分だけで、交渉役と思われる人物は銀色の髪を持つ冷たい感じの美女であった。

護衛の兵士五人を従えて、アンネローゼの前にノンナが進み出る。

その様子には恐れも警戒もない。

ただ、近づく為に歩いているといった感じだ。

この女は、以前の私の怖さを知らないのだろうか。

今まで全ての者が怯え、恐れを抱いていたというのに…。

そして圧迫するような存在感に、船長や出迎えた船員たちは言葉を失って固まってしまっている。

しかし、そんな中、アンネローゼだけがさっき理由として考えたものが正しいと実感していた。

その考えた理由とは…。

それは、高貴な人物の騎乗艦だからという事である。

階級証は大佐みたいだが、そんなものでは隠せない高貴さが彼女にはあった。

あまりにも一般人とは違い華がありすぎなのだ。

だが、それなら私の耳にも情報は入ってきてもおかしくないだろう。

しかし、そんな話はなかった。

なぜだ?

だが、アンネローゼは知らなかった。

今までノンナのすぐ傍には、名の知れた高貴な貴族であり、王族の血を引く黄金の姫騎士と呼ばれた存在が常にあったことを…。

より派手で、人の目を引く存在があれば、人々の関心はそちらに向く。

それ故に情報としてアンネローゼの耳に入ってこなかったのだ。

たが、そんな事をアンネローゼは知らず、疑問を感じたものの、それは一旦心の奥にしまい込むことにした。

そして心の中で苦笑した。

まさか、そんな訳ないわよね。

そう思っていた事が大当たりしたのだから…。

そして、ノンナはアンネローゼの前まで来ると、その無表情の顔を崩した。

微笑を浮かべたのである。

もっとも、アンネローゼにとっては、作り物の仮面の微笑みとしか感じなかったが…。

「始めまして、アンネローゼ・アレクサンドロヴナ・ラチスールプ様。私は、帝国海軍ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル少将の副官をしておりますノンナ・エザヴェータ大佐です。以後お見知りおきを…」

そう言ってノンナは右手を差し出した。

実に友好的な感じだが、アンネローゼはその程度の事でだまされたりはしない。

その手をちらりと見た後、ノンナの顔を見てアンネローゼも微笑んだ。

「こちらこそ、初めまして。ノンナ大佐ですね。うふふ…。お噂は以前より聞いております」

もちろん、アンネローゼはノンナの事は知らないし、情報もない。

だが、それを正直に言う必要性はないし、貴方の事を知っているんだぞという牽制も兼ねての言葉だった。

実際、一瞬、ノンナの額がほんのわずかにピクンと反応したのがわかり、心の中でやったとガッツポーズをとった後、何気ないすました顔で手を握る。

「私もアンネローゼ様の事はよくお聞きしております。ふふふ…」

ノンナもそう言い返すとニコニコと笑い返す。

お互いに系統は違うものの、絶世の美人が二人、微笑みながら握手をする光景はさぞや微笑ましい感じになるといいたいところだが、いかんせん、その場にいた船長や船員だけでなく、ノンナが連れてきた兵士達もその雰囲気に飲み込まれてしまい、その光景をそんな風に受け止めたものはいない。

彼らが思ったのは『こりゃ、雌狐同士の化かしあいではないだろうか』という事であった。

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