淡い恋 その3
目を覚ましてから宮廷医師の診断を受けたが、疲労による疲れが出たのだろうということで、ゆっくり休むように言われてしまった。
特に四月一日の独立式典が迫っていたから、それを優先する為に、公務を控えて休むようにスケジュールを組みなおしたらしい。
本当なら公務をしていた方が気がまぎれるというのに、こんなに寝てばっかりなら嫌な事ばかり考えそうだったが、それを察してかプリチャはいろいろと気を回してくれる。
また、お茶会で倒れてからいろんな人がお見舞いに来たらしい。
直接見舞いというわけにはいかないが、花束やお見舞いの書簡がいくつも部屋に運ばれ、それをチェックするだけでも結構時間を取られた。
おかげでキーチの事を色々考えなくてすんだのは、すごく助かった。
また、プリチャの話では、王宮の前に国民が何千人も見舞いに集まったらしい。
「すごいですわ、姫様。いかに姫様ががんばっているか、それを国民はわかっているみたいです」
そう言って自分のことのようにプリチャは笑って言う。
それは多分、彼女の本心であり、そして私が他の事を考えないように気を配っているのだろう。
プリチャは優しい。
私の事を考えてくれている。
本当にプリチャが傍にいてくれてよかった。
そうしみじみ思ってしまう。
そして昼食を食べて、お見舞いも落ち着き始めた十四時過ぎ…。
プリチャが慌てて、それこそ駆け込んでくるかのように部屋に戻ってきた。
その表情は真剣なもので、手には一通の書簡が握られている。
「ひ、姫様っ…」
「どうしたの、プリチャ?」
そう声をかけるとプリチャは震えながら持っていた書簡を差し出す。
また、お見舞いの書簡かしら。
でもそれならなんでプリチャはこんなにも慌てているのだろう…。
そんな事を思いつつ、私が書簡を受け取るとプリチャは口を開く。
「キーチ様からです…」
その言葉と同時に書簡を持つ手が震えた。
プリチャが震えていたのは、その為だったのかとわかって…。
そして、私自身も震えている。
プリチャに向けていた視線を書簡に向ける。
書簡には、開封されチェックされた形跡はない。
それが意味するもの。
それは本人がこの書簡を持って来たという事。
王宮に仕えているものの間でキーチは有名人だ。
フソウ連合の連絡員というだけでなく、海賊襲撃の際にはアルンカス王国のために手を尽くし、勝利を導いた立役者という事が知られている。
だからこそ、その本人が持って来た書簡だから、問題ないと判断されて本当ならあるはずの書簡のチェックがされていないのだろう。
相変わらずの堅苦しい感じのキーチの文字で、表には私の名前、裏には『フソウ連合海軍 木下喜一』と書かれている。
無意識の内に書簡を抱きしめる。
中にどんな事が書いてあるとしても、この手紙はキーチが私のために書いてくれたものだ。
だからすごく愛おしかった。
「私、席外していますね」
私の様子をみて、ほっとした表情でプリチャが微笑む。
多分、中身がどんなことが書かれているとしても、私がそれを受け止められると思ってくれたのだろう。
だが、それでも心配なのだろうか。
「何かありましたら、すぐに呼んでくださいませ。隣の部屋で控えておりますから」
その言葉には、やさしさが詰まっていた。
「ええ。ありがとう…プリチャ」
私はそう答えて再度書簡の送り先のキーチの名前を見直し、またたまらなくなって書簡を胸に押し付けてしまっていた。
書簡を読むのは一人の方がいいだろう。
そう判断したプリチャは部屋から退出する。
心配がないわけではない。
本当なら手紙を読んでいる間も傍にいたいとさえ思っている。
しかし、それは過保護だ。
見守りと過保護は違う。
まだ、結婚もしていない身だが、もし年頃の娘がいたらこんな風に悩む事になるのかな…。
そんな事を考えたりして控え室の椅子に座って待っているとノックの音が響いた。
「どうぞ」
「うむ。失礼する」
そう言って入室してきたのは、宰相のバチャラ・トンローだ。
「これはバチャラ様」
椅子から立ち上がってすーっと頭を下げるプリチャ。
いくら階級に緩いアルンカス王宮とはいえ、身分の差は大きい。
プリチャの礼を「うむ」といって受け入れると、バチャラは少しそわそわした感じて聞いてくる。
「ところでだ…」
言い難そうな様子だが、彼がここに来る用事というのは決まっている。
姫様の事だろう。
先王と友人であり、姫様の父親代わりをしてこられた方ではあるが、彼の場合、姫様本人と向き合うというより、姫様がまとう先王やお后の名残に向き合っている感じがして、結構いい男ではあるもののプリチャはあまり好きではない。
姫様の事を心配しているように見えて、実は姫様より国の事を第一に考えていたりする事がしばしばあるためだ。
まぁ、宰相なんて国の政治の長なんてやってるから余計にそう感じるのかもしれないが…。
「姫様でしたら、少しお元気になられました」
プリチャがそう言うと、バチャラはほっとした様子を見せる。
「そうか。それはよかった…」
ほっとした顔を見せるものの、どうせ独立式典に姫様が出れそうで安心したってところだろう。
だから、プリチャはついつい余計な事を言ってしまう。
「出過ぎたことかもしれませんが、確かに姫様は王国の象徴であり、王国の中心です。ですが、姫様はまだ十一歳の女の子という事も考えてあげてください」
プリチャの言葉にバチャラは驚いた顔をしたが、叱り飛ばしたりはしなかった。
それどころか、少し嬉しそうな表情さえ見せる。
「そうか。その通りだな。あなたの言うとおりだ。いかんな…。そんなことも言われて思い出すとはな…」
バチャラは素直にそう言うと笑った。
そして、プリチャの右手をうやうやしく取るとしっかりと握った。
「君みたいな姫様の事を考えてくれる人が傍にいて感謝する。宰相なんてしているとどうしてもそういう部分に目が回らないからな。ありがとう。また見落としている事や気がついた事は言ってくれ。大歓迎だ。そしてこれからも姫様の事を頼むぞ」
そう言うと残念そうに手を離す。
「え?あ、はいっ。もちろんです」
一瞬、呆気にとられたプリチャだったが慌てて返事をする。
なんだろう…。
頬が熱い…。
「そうか頼もしいな。では、姫によろしく伝えておいてくれ」
そう言うとバチャラは立ち去りかけたが、何かを思い出したかのように立ち止まった。
そして振り向くと手に持っていた包みを手渡す。
「見舞いの品を持って帰るところだったよ、はははは…」
「これは?」
「チョコレートとのことだ。偶々手に入ってな」
その言葉を聞きつつ、包みを受け取るプリチャ。
だが、包みは二つある。
それに気が付いてプリチャがバチャラに聞こうとする前に、バチャラはまるで悪戯小僧のような表情をした。
「一つは姫様に。もう一つは、姫様の事を常に考えてくれる優しい侍女殿にだ」
一気に顔に熱が集まったようにプリチャの顔が熱くなる。
「では、よろしく頼むよ」
そう言ってバチャラは楽しそうに笑いながら控え室を退室した。
真っ赤になって、固まってしまっているプリチャを残して…。
「ふう…」
手紙を読み終えたチャッマニー姫は、安堵のため息を漏らした。
確かに書いてある内容は、お茶会になぜ行けなかったのかという事と国を去らなければならないという信じたくない現状が書かれていた。
その現実をキーチによって再度確認させられた事はすごくショックだが、それ以上にチャッマニー姫をほっとさせたものがあった。
それは、手紙の端々にあるキーチのプリチャへの思いだ。
現実を受け入れなければいけないという残念な思いと、それでも離れたくないという思いがひしひしと感じられる。
キーチも一緒にいたいと思ってくれている。
それは、チャッマニー姫にとってまさに欲しかった事実であり、大きな喜びでもあった。
まだこの胸の中にある思いが愛かどうかははっきりしないし、初恋という認識さえもプリチャに言われた事で認識できる程度のあやふやなものだ。
だが、はっきりとしていることがある。
それは二人とも互いに一緒にいたいという思いがあるという事だ。
それが確認できただけでも、チャッマニー姫にとって大きな力となる。
その強い思い。
それを現実にしたい。
どうしても…。
手紙を読み終えるとチャッマニー姫はそう考えるようになっていた。




