工作艦 明石の憂鬱 その4
「ふーっ。なんか久々に気持ちよく寝れたな…」
耳元で鳴っている目覚まし時計を止め、明石は天井のライトの光に目を細めながら布団から起き上がった。
そして何度も伸びをして固まった身体を解す。
昨夜は飲み会のあとすぐに艦に戻ってきたが時間的にはかなり遅く、また結構な量の酒を飲んだのだが二日酔いになっていない。
それどころか何かすっきりした感じさえしてしまう。
多分、ストレス解消といい酒を飲んだからだと思う。
安酒ではほんの少し飲んだだけで二日酔いになるっていうのにこの違いはなんなのだろう。
そんな事を思いつつ、時計の時間を確認する。
六時五十五分。
七時十五分には食堂で朝食を食べないと業務に遅刻するな。
そんな風に頭の中で予定を立てつつ、コキコキと首を左右に動かし立ち上がると軍服に袖を通す。
さて…さっさと準備をして朝食でも食べるか…。
鏡の前で髪と髭を整え、身だしなみに問題がないと判断すると明石は艦内の食堂に向った。
艦内ではまだ朝早い時間にもかかわらず、活気に溢れ、人の動きがある。
「おはようございます」
すれ違う乗組員や作業員が敬礼したり頭を下げたりして挨拶をしてくる。
明石はそれに答えつつ食堂に着くと、いつもの朝食を頼んだ。
ごはんに海苔の佃煮、それに味噌汁と生野菜の付いた目玉焼きだ。
それをトレイにのせていつもの席に着いて食べ始めると、声をかけられる。
「相席よろしいでしょうか?」
声の主は、副長であり、今は人手不足から現場主任として動き回っている小森少尉だ。
年は三十前半で、正確に言うと技術少尉と呼ばれる技術部門に特化した将校となる。
もちろん、工作艦に配属されている以上、修理全般の事を任せられるが、専攻は機関関係だという話だったな。
確か、同期の一人で親友だったやつが共和国駐在武官の一人として向こうに行っているおかげで手紙代がかかって困ると愚痴っていたっけ。
以前はよくそんな話をしていたが、ここ最近は忙しくて簡単に打ち合わせと挨拶ぐらいしかしてなかったな。
そんな事を思い出しつつ答える。
「ああ、どうぞ」
そう答える明石に小森少尉は「ありがとうございます」と言って向かいの席に座る。
彼のトレイには、大盛りのご飯と納豆、カリカリに焼かれたベーコンとスクランブルエッグ、結構量のあるサラダに煮浸し、それに味噌汁がのっていた。
「相変わらず食べるんだな」
「食っておかないと持ちませんからね」
身体を揺すって笑いながらそう答えた後、小森少尉は聞き返す。
「それはそうと今日はなんかすっきりした顔してますね。何かいい事ありました?」
そう聞かれ、明石は箸を止めて小森少尉を見返す。
そして、その顔の表情を見てわかってしまった。
昨日の飲み会で報告書をうけていると長官は言っていた。
つまり、彼が…。
明石は心の中で苦笑した。
ここ最近の自分が、部下に心配されるほどテンパっていたのかという事が実感できて…。
しかし、それを言うわけにはいかず、明石は笑って答える。
「ああ。昨日飲み会があってな。それで久々にストレス解消したからだと思うぞ」
その明石の言葉に、ほっとした表情を見せる小森少尉。
それでますます確信が持てた。
「心配かけたな…」
短くそれだけ言う。
それでわかったのだろう。
「いえ。こちらこそ出すぎたマネを…」
小森少尉は照れたのだろう。
苦笑して頭をかく。
いい部下を持ったな。
そんな事を思いつつ、食事を再開する。
小森少尉もそれ以上は何も言わずに食事を始めた。
時折、作業に関しての事を話すものの、実に穏やかな食事だった。
先に食べ始めた上に量の差があったものの、二人が朝食を食べ終わったのはほとんど同じくらいだった。
二人はタバコは吸わないので、食後のお茶をすすりつつ一呼吸入れる。
そして何気ない感じで明石は聞いた。
「小森少尉…」
「はいなんでしょうか?」
「そのうち余裕ができたときでいいんだが、飲みにいかないか?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。
小森少尉はきょとんとした顔になっている。
それがおかしかったが、明石はなんとかそれを心の中で押さえ込む。
「昨日行った店の料理がうまくてな。またいきたいと思ったんだが、よければそれに付き合ってもらいたい」
やっと我に返ったのだろう。
慌てて小森少尉が返事をする。
「じ、自分でよければ…、ぜひ…」
「そうか。そうか。それはよかった。先の楽しみが一つできた」
「自分もです。さっさと貯まっている仕事を終わらせて行きましよう」
「そうだな。そうするか」
「ええ。ちゃっちゃと終わらせましょう」
そんなにちゃっちゃと終わる量ではないのがわかってはいるものの、口にしてみるとできそうな感じに思えてしまう。
心とは現金なものだな。
そんな事を思いつつも、明石は笑う。
小森少尉も笑っている。
第三者から見たら、二人は実に楽しそうに笑っているように見えただろう。
そして笑いつつ、明石は作業スケジュールを思い出してこれからの仕事の大変さに少しうんざりして憂鬱になったが、それでも自分が上司にも部下にも恵まれている事を再度認識しなおすのだった。




