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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十一章 戦いの後に… 世界編

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講和への動き…  その4

部屋に入ると、椅子に座っているチャッマニー姫とその隣には教育係のカオサーイ老が立っている。

二人の表情はまさに正反対で、姫はさっきまで廊下まで聞こえていた声が嘘のように落ち着いた感じで、老はおろおろした様子でこっちを見ていた。

いやいや。

あれは落ち着いたというより、開き直ったと取るべきだろうか。

いつも通りの優しそうな…作り笑い。

そしてなにより…目が据わっている。

しかし、顔立ちはすっかり奥方にそっくりな美人になりつつあるというのに、時折見せる我が親友であり、最高の主であったモンクット王のような表情…。

さすがはお二人の子だと思う。

そして、ずきりと心が痛む。

あの時…、もう少しうまく立ち回っておけば…二人は…。

そう何度も思ってしまう。

姫の顔を見るたびに自責の念に囚われるものの、バチャラは心中でぐっと自分に言い聞かせる。

これは罪だ。

そして、罪は償うものだ。

だからこそ、私はまだここにいなければならないと…。

そして、その思いを心の奥に押し込めると、姫に向けて微笑んだ。

「これはこれは姫様。ご機嫌麗しゅう…」

「ご機嫌麗しいと思うようなら、あなたの目は節穴よね」

ぎろりと睨みつけられ、そう皮肉を言われる。

ああ、本当に父親にそっくりだ。

いかんいかん。

今は昔を思い出すときではない。

バチャラはそう自分に言い聞かせる。

「節穴とは酷い言われようですな。ですが、ちゃんと見えておりますよ。ほれ、この通り…」

ぎょろりと目玉を動かし、おどけたような口調で返す。

さすがに皮肉を言ってものらりくらりと返されると感じたのだろう。

噛み付くように言い返された。

「あなたは言ったよね。これが一番の道と…。王国と国民の為に残された唯一の道だと…」

「ええ。言いましたな。あの時点では、間違いなく唯一の道だと思っておりました。ですが、人が年を重ねて変化していくように状況も変わっていくのです。それはどうしても起こってしまうもの。なら、それになんとか対処していかなければならない。ただそれだけでございます」

そう言って片膝をついて頭を下げる。

その瞬間に、肩のすぐそばを何かが通り過ぎたような感覚。

そして何かを叩きつけるような音。

どうやら手に持っていた共和国の語学の本が投げつけられたらしいが、わざとか偶々かはわからないがバチャラに本は当たらなかった。

「姫様、いけません…」

老が慌てて諌めるも、今の姫にとって馬の耳に念仏だろう。

なぜなら、老も共和国の大物議員の三男との結婚を勧めた人間で、今の彼女にとって味方ではないのだから。

「ええいっ。腹立つ。正論を押し付けおって!」

イライラしたような姫の声が響く。

彼女のイライラ感はわかるだけに、ただ黙って頭を下げ続ける。

数分の沈黙が続いただろうか。

さすがに姫が根負けしたんだろう。

「もういいわ。それで…今回のこの件についての話を聞きたいわね…」

まだ少しイライラ感はあるものの、話を聞く気になった姫の落ち着いた声が響く。

多分、このままでは埒が明かないと悟ったのだろう。

その辺は変な大人より大人っぽいと思う。

そう思いつつ、顔を上げて口を開く。

「はっ。ご報告させていただきます」

バチャラはそういうと報告を始めた。


「えっ?共和国の海軍が負けたって?」

信じられない話に、姫は聞き返す。

わが国が誇る海軍が赤子をひねるかのようにあっけないほど負けてしまった相手。

そして本国から来た百隻を超える大艦隊。

圧倒的な力。

それを有する大国であり、世界で六つある強国である共和国海軍。

それが負けたというのだ。

驚くのも無理はないだろう。

そう思いつつも、念を押すかのようにバチャラは言う。

「ええ。共和国海軍は負けました。それも惨敗です」

姫が絶句したような表情のままで固まってしまっている。

惨敗と言う言葉がますます追い討ちをかけたのだろう。

だが、それに構わずバチャラは話を続けた。

「わが国のミトラント港に停泊していた共和国二個艦隊は壊滅的なダメージを受け、指揮官の共和国軍師アラン・スィーラ・エッセルブルド殿は戦死されたそうです」

アランの名前が出た瞬間、固まってしまったかのような驚きの表情のままだった姫の表情に変化が生まれた。

「そうか、あの男が死んだが…。これはめでたい事だな。祝日にしたいくらいに…」

姫の口の形が、年に似合わないようなニタリとした笑みを浮かべる。

その発言と表情に、慌てて隣で老が諌めるも無視されている。

まぁ、わからなくはない。

姫はかなりあの男の事は毛嫌いしていたからな。

お気に入りのメイドを何人か脅しで差し出させたりされていたから余計だろう。

バチャラはその事を思い出して何も言わなかった。

それに彼自身もアランはもっとも嫌いなタイプだった。

実際、死んでしまったという話を聞いたとき、思わず意味もなく小躍りしたい衝動に駆られてしまったほどだからだ。

もっとも、人の目があって実行しなかったけれども…。

「そして、その結果、共和国は講和の為に、わが国の利権を相手国に譲り渡すとなったようですな。以上が今わかっている事でございます」

しばしの沈黙が辺りを包む。

そして姫は口を開いた。

「そう…」

短く返事をした後、ため息を吐き出すと、姫は憂鬱そうな表情でバチャラを見る。

その目には、活気がなく、諦めの色が濃かった。

「で、私は…何をすればいい?」

その言葉にバチャラは自責の念に捕らえられかけた。

これでいいのか?

親友の娘を…私は…。

だが、彼は個人よりも国を、親友の言葉を優先した。

『この国を…民を頼む…』

その言葉が呪いの様に心を縛り続けていく。

しかし、これは罪なのだ。

親友を助けられなかった…。

だからこそ、バチャラは言う。

「今は心の準備をお願いいたします。正式に連絡が来るのはいま少し時間がかかりますゆえ。その間に、私の方でも色々調べておきます。特にフソウ連合などの事を…」

「そうか…」

姫は短くそう言うと、窓に視線を向けて外を見た。

その視線の先には、空を自由に飛びまわる鳥が見えていた。

「はぁ…」

またため息を吐き出すと姫は二人に退室を促す。

多分、一人になって考えたいのだろう。

いくら最後の王族としての義務があるとは言え、彼女はまだ幼い。

ついついその事を忘れそうになる。

以前の結婚の時のようにもめないものの、なぜかバチャラの心に何か重いものが圧し掛かってくるような圧迫感を感じずにはいられない。

だが、自分が姫にできる事は限られている。

だから…。

「わかりました。何かありましたら…」

そう言ってちらりと老の方を見ると、老は首を振った。

老は姫が心配なのだろう。

退出せず何か声をかけている。

自分もそうすべきかと思ったが、それは私の仕事ではない。

だから、そのまま退室した。

そして、すぐに執務室に戻ると人を呼ぶ。

すぐに隣で待機していた付き人が部屋にやってきた。

何人かいる付き人の中で、特に信頼できる男だ。

だからこそ、彼にフソウ連合に関する情報を集めるように指示した後、小さな紙を手渡す。

「これを兄弟の所へ…」

紙を受け取ると、真剣な顔付きで付き人は頷き、頭を下げる。

そして、付き人が退出した後、バチャラは窓際に立って外を見る。

空は雲ひとつない青空が広がっており、澄み渡っていた。

遠くで鳥が飛んでいるのが目に入る。

実に平和な風景だ。

共和国が攻撃してきた時の面影はもうほとんどない。

「しばらくは…相手の出方を見つつ様子見ってところだろうな…」

そう呟くとバチャラはため息を吐き出したのだった。

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