講和への動き… その3
私は本を開くと目を通していき、目に入った言葉をぶつぶつと呟くように言う。
しかし、なんて覚えにくい言葉なのだろうか。
もっとシンプルにすればいいのにと思う。
もっとも、シンプルであったとしても覚えようとする気力がほとんどない今のままでは無理なんだろうなとも思っている。
乗り気ではない。
しかし、この国の為、王室を慕う国民の為、私は義務を全うするために努力をする。
やっぱり駄目だ。
いくら説得されて納得したつもりでも、本心からではないからどうしても気力がわかない。
私は、もっていた共和国の語学の本をぽーんとベッドの方に放り投げる。
あー…なんかもう…なんもする気わかないわーっ。
なんかさ、感情がどっか引っ越したみたいに無気力になってしまう。
運命なんて言葉があるとしたら、私は神を恨むだろう。
そんなことを思っていたときだった。
廊下を走る音がしたかと思えば、私の部屋の前で止まり、ドンドンとドアが叩かれる。
なんなのよ…。
そう思いつつも、ベッドに放り投げた語学の本を手に取って椅子に座りなおす。
もし、爺なら多分、勉強していければどんな小言を言われるかわかったもんじゃない。
やはり、余計なトラブルは起さないに限る。
そう判断し、勉強していた振りをしつつ、ドアに向って声をかけた。
「どうぞ」
そうすると「し、失礼します」と言って汗を流して慌てている様子の爺が部屋に入ってきた。
爺…。
私の赤ん坊からの教育係で、私の祖父とは親友といえる仲であり、父も信頼していた人物だ。
私も信頼はしているけど、小言が多いのが欠点かな。
まぁ、私の心配してというのがわかってはいるものの、やっぱり色々言われると嫌じゃない?
だから、どっちかと言うと最近は苦手って感じかな。
ともかく、普段なら廊下を走るなとか、もっと落ち着いてとか言う爺がここまで慌てているのだ。
よほどのことだろう。
もっとも、もう父も母も自分以外の王族全員が殺され、天涯孤独のみになってしまった私にそんなに焦るほど驚くことなんてありはしないのに…。
そんなことを考えつつも非難めいた視線を爺に向けて口を開く。
「何事ですか、爺」
私がそう言うと、爺は一枚の紙を私に手渡してきた。
手が震えているのだろう。
紙が小刻みに震えていた。
「姫様、共和国の使者がこのような連絡を…」
その言葉に、うんざりした表情で私は言い返す。
「また、あの連中か…。今度はどんな無理難題を押し付けるつもりじゃ?」
私は苦々しく思いながら紙に書かれた文章を目に通す。
一度、読んでみたが、意味が頭に入らない。
えっと…私ってこんなに読解力なかったっけ?
そう思って、もう一回読む。
………。
えっと…もう一回…。
そして、私はやっと内容が理解できた。
別に難しかったわけでもなく、読みにくい、意味がわかりにくいわけではない。
そこに書かれていた内容は、予想外の事が書かれており、脳が理解を拒否していたのだろう。
そこにはあまりにも無茶苦茶な内容が書かれていた。
「なんじゃこりゃーーーーーっ!!ふざけんなーっ!!」
身体がぶるぶると震え、手に力が入る。
そして血が一気に頭に集まっていくのがわかる。
要は、怒りという感情が私を動かしていた。
「ひ、姫様。乙女なのですから、そのような言葉遣いは…」
爺が素っ頓狂な事を言い出すが、そんな事は問題ではない。
この内容があまりにも無茶苦茶で、我々を馬鹿にしている内容だったからだ。
「な、何よこれはっ…。共和国の連中はっ、私達をどこまで愚弄すれば気が済むのよ」
私はそう叫び、勢いで力が入ってぐしゃりと紙を潰し、怒りに任せて紙を床に叩きつけた。
「気持ちはわかりますぞ。ですが…姫様…。その言葉遣いを…」
私は、そのまま床に叩きつけた紙をダンダンと踏みつける。
スリットが入ったスカートが開き、太ももが露になったがそんな事はどうでもいい。
なにより、ここには私と爺の二人しかいない。
だから、気にもならない。
しかし、爺はそう思わなかったのだろう。
慌てて私を落ち着かせようとする。
「姫様、落ち着いてくださいませ。みっともないですぞ」
「はーはーはー…」
荒い息をしつつ椅子にどんと座り込む。
普段なら絶対にしない行動だが、怒りと混乱にそんな事を気にしている余裕なんてない。
「あーもー、腹立つなぁ…。絶対に、絶対に許さないんだから…。あの共和国の糞連中はっ」
「姫様っ。言葉遣いをーーっ」
隣で爺が叫ぶように言っていたが、私はもうどうでもよくなっていた。
「チャッマニー姫は、どうされている?」
年の頃は三十後半といったところだろうか。
少し神経質そうな顔付きの男性が部屋の入口で警備している兵士に声をかけた。
いつもの事なのだろう。
文句も言わずに入口で警備していた兵は苦笑しつつ答える。
「そうですね。かなり荒れておいでです」
「そうか…。荒れておいでか…」
そう答えつつ、男は兵士と同じように苦笑した。
「まぁ、怒りたくなる気持ちはわからんでもないがなぁ…」
男の言葉に、どうやら警備していた兵士もどういうことなのかわかっているのだろう。
「そうですねぇ…」
「まぁ、あれだけ共和国に振り回されて、それをいきなりポイ捨てみたいに他の国にこの国の権利を譲ったといわれたら荒れたくもなるわな…」
「ですよねぇ…。でも、そうなると決まっていた共和国の大物議員の三男との結婚は?」
兵士が思い出したように聞く。
「ああ、多分、お流れだと思うぞ。それが良かったのか…悪かったのか…」
男はそう言うとため息を吐き出す。
「宰相はどうお考えで?」
そう聞かれ、宰相と呼ばれた男。
この国、共和国領アルンカス(旧アルンカス王国)の宰相であるバチャラ・トンローは、少し考えて口を開いた。
「王国として考えれば、結婚が流れたのはよかったことだと思うが、女としてみれば…男に逃げられるというのは悔しいのかも知れんな」
実際、この国の為にと周りに説得されて、何とか結婚する気になった矢先にこの有様である。
だからこそ、余計に逃げられた事が悔しいのではと思ったのだ。
「女ですか…」
兵士がなんか困ったような顔でそう言う。
「ああ、女としてだ」
バチャラはそう言って苦笑しつつ言葉を続けた。
「まぁ、あくまで私の考えではあるんだがね」
「そうですか…。でもですよ、宰相」
「なにかね?」
「姫様は…まだ十一才ですよ」
「何を言っている?政略結婚に年齢は関係ないぞ」
「そんなものなんですかね?」
「ああ。そんなものだ」
しばらく互いに何も言わずに黙り込む。
そして二人同時にため息を吐き出した。
「どうやら、静かになったようです…」
「そうみたいだな。さて…行って来るか…」
バチャラの言葉に、同情的な視線を向けつつ、兵士は言葉を口にする。
心底、心を込めて…。
「お疲れ様です…」
その言葉にバチャラは苦笑しつつ答える。
「ああ、ありがとう…」
そして、ドアをノックすると部屋の中に声をかける。
「宰相、バチャラ・トンローであります。入ってもよろしいでしょうか?」
そして、部屋の中から声がかけられる。
「どうぞ」
その静かな声に、バチャラはかえって不安になったが、なかったことには出来ない。
すーっと深呼吸をすると、ドアを開けたのだった。




