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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十一章 戦いの後に… 世界編

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少将と銀の副官

敗走する艦隊の中、アデリナは事実上の軟禁状態であった。

テルピッツを失ったショックと今回の敗戦の責任を取ってということに表向きはなっていたが、兵士達の不満や怒りが彼女に集中していつ腹いせに暴行されてもおかしくないほどのピリピリとした雰囲気が艦内だけでなく艦隊全体にあり、その為、副官であるノンナが半ば強引に旗艦にした重戦艦ルフトバッハの艦長室に軟禁したのだ。

元々軍規は厳しいものの、すっかりそれは形骸化してしまっていた帝国海軍にとって敗戦、それも大惨敗と言ってもいい結果は士気を落としただけでなく、モラルも理性もなくしてしまいかねないほどの致命的なことだった。

そんな中、唯一と言っていいほど規律と士気を維持できていたのは、ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル少将の第二艦隊と銀の副官ことノンナ・エザヴェータ少佐が乗艦している重戦艦ルフトバッハぐらいのものだろう。

他の艦はまさにいつ軍から離れてもおかしくないほどの状態だった。

事実、帰航する間に損傷軽微の装甲巡洋艦や戦艦、支援艦が、一隻、また一隻と艦隊から離れていく。

恐らく脱走し、厳しいばかりで何のうまみのない帝国海軍に見切りをつけて海賊にでもなるつもりなのだろう。

彼らの愛国心や海軍に対しての誇りと思いなんてものは今やすっかり擦り切れてしまっており、どうしようもない状態であった。

最初こそ、それをどうにかしょうと悩んだビルスキーア少将だったが、ノンナ少佐の「仲間内で戦えば、ますます士気が落ちてしまうでしょう。好きにさせておけばいい…」という言葉に、同意して以後は好きに任せていた。

階級こそビルスキーア少将が上だったが、自分を支持し推薦してくれた恩のあるノンナ少佐に彼は素直に従っていた。

また、周りには、艦隊総司令官であるアデリナの副官であるから、指揮権をアデリナから彼女に譲渡されていると言う名目を立ててということにしてある。

その為、普段なら階級にうるさい連中も、口を挟む事はなかった。

もっとも、誰もが疲れきっており、言う元気がなかったのかもしれないが…。

ともかく、艦隊は再集結し、帰途に着いたのだ。

その為、破損して速度の出ない艦をかばいつつの帰航は、実に二週間もかかる結果となった。

それでもなお、新年を艦上で迎え、艦隊はなんとか艦隊を維持していた。

だが、そんな彼らに追い討ちをかける仕打ちが待っていた。

帝国海軍の主要軍港であり、帝国最大の軍事拠点の一つであるアレサンドラ軍港。

彼らが目にしたアレサンドラ軍港は、まさに廃墟と化していたといっていいだろう。

攻撃を喰らい、すでに二週間が過ぎたが、状況はほとんど変わっていない。

少しずつではあるが処理は進んではいたが、全体から見ると微々たるものであり、またここでも士気の低下が兵士達のやる気を荒々しい鑢で削り取ったかのようにすり減らしていた。

また、指揮系統を統一する帝国海軍省の建物が攻撃により崩壊し、階級の高い人間がごっそりいなくなったのも大きいだろう。

まさに、今や帝国海軍は烏合の衆といっていい状態であった。

そして、戦いに疲れ、敗戦で打ちのめされて戻ってきた兵士達は戦いに負けたという無残な結果のみを再び突きつけられるのだ。

それに心折れるものがいないはずもなく、軍を抜けるものが続出。

敗戦による死者と脱走兵の続出で、今や帝国海軍の全兵力は、実に出撃前の四分の一にまでになってしまったのである。

また艦艇の破損も酷かった。

ほぼ修理が終わリかけていたビスマルクはドック内で中破、グナイゼナウは湾内で大破浸水、着底となっており無様な姿を曝していた。

どう考えても、数ヶ月で復帰といった何とかなるレベルではなく、事実上、大型艦で健在なのは第二艦隊のシャルンホルストのみであった。

また、港に残っていた他の艦艇もかなりの被害を受け、壊滅に近いものだった。

まさにそんな帝国海軍壊滅寸前の中、ビルスキーア少将はノンナ少佐の推薦もあり、帝国海軍の建て直しを始める。

まずは生き残っている艦隊による防衛艦隊の結成。

これは第二艦隊が中心となり、残った艦艇で編成された。

次に、軍内の軍規の徹底を進めた。

もちろん、反抗するもの、対抗するものはいたが、それらは武力によって黙らせた。

独裁的だと非難はあったものの、それはスルーされた。

今は、色々やっている余裕などないのである。

そして、その姿は、心が折れていた或いは折れかけていた兵士達にとって、従うに相応しいように写った。

その結果、あれほど混乱し、烏合の衆と化していたはずの帝国海軍は、わずかな期間でなんとか崩壊を踏みとどまったのである。

これはあわよくば帝国海軍を指揮下に取り込もうとしていた親衛隊長官エリク・ヴォロティンスキーの計画を破綻させるに十分な事であり、のちに伝えられた話では、椅子を窓から放り投げて窓ガラスを叩き割り、地団駄踏んで悔しがったという。

ともかく、こうして親衛隊ののっとりは防いだものの、前途多難であった。

そして、敗軍の将である黄金の姫騎士アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチは長期謹慎を言い渡されていた。

一応、王の血筋である為、狭い軍牢ではなく屋敷での謹慎であり、他の責任を負った者に比べれば楽なものであったがそれでも彼女は不服だった。

しかし、さすがに言い渡された処分を身分を盾にして反故にするわけにはいかず、屋敷の使用人に当たり散らかしてストレスを発散するのが精々だった。

まぁ、当たり散らかされている屋敷の使用人には同情するが…。

そして、彼女の副官であったノンナ少佐も同じく謹慎を言い渡されていたが、それは一日もしないうちにすぐに解除された。

ビルスキーア少将が解除させたのだ。

猫の手も借りたいほどの忙しい時に優秀な人材を遊ばせておくほど余裕がなかったのである。


「ビルスキーア少将、謹慎の解除ありがとうございます」

相変わらずの無表情でそうノンナは言うと頭を下げた。

その様子に慌てておろおろしてビルスキーア少将は言う。

「何を言うのです。私は貴方のおかげてここにいます。貴方のおかげでこの帝国海軍最大と言っても過言ではない受難に立ち向かえるのです。だから、お礼などいいのですよ。顔をお上げください」

その様子を見たら、どちらが上官だろうかと思うだろう。

それほどビルスキーア少将の腰は低く、丁寧な対応だった。

「ですが、階級は貴殿の方が上なのですよ」

無表情が崩れ、珍しく少し苦笑いを浮かべているような表情でノンナは言う。

「なにを言うのです。私と貴方の間には階級は関係ありません」

そう言ってビルスキーア少将は頭を下げる。

その様子に、しばらく考え込んだような表情をしていたノンナだったが、何か決心したのだろう。

「実は…お話したい事があります。良ければ…二人きりで…」

その言葉だけを聞けば、よからぬ事を想像してしまう輩もいるようだが、ビルスキーア少将は違った。

ノンナの表情から、そうではなく、かなり大切な話があると察したのだろう。

「それでは…奥の会議室に…。あそこは諜報対策してありますから…」

そう言って奥に案内する。

そして、奥に入って二十分後…。

二人は出てきた。

ノンナは相変わらずの鉄仮面のような無表情だが、ビルスキーア少将は難しい顔をして考え込んでいる。

「今の話、知っているものは数名しかおりません。私は少将なら信頼できると思い、話しました」

そしてしばらく間をおき、ノンナは聞き返す。

「この話を聞いて、あなたはどうされますか?」

その言葉に、ビルスキーア少将の表情が歪む。

どれくらい沈黙が続いただろうか。

やっと、決心がついたのだろう。

ビルスキーア少将は口を開く。

「し、知らなければ…私は…貴方を…ただの恩師か、友人と思っていたことでしょう…。ですが…」

そこで言葉を止めて乾いた唇を舌で湿らせるとゆっくりと口を動かした。

「知ってしまった以上、それは無理だという事がわかりました。そして、私の取るべき事も…」

そこまで言うと、ビルスキーア少将は片膝をつき、頭を垂れる。

「私は、貴方の忠実なる下僕として貴方にお仕えいたします、姫…」

その言葉と態度に、ノンナの表情が変化する。

感情の感じられない無表情だった顔が、ゆっくりと動いて微笑を浮かべていた。

「ふふふっ。ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルよ。そなたの忠義、確かに受け取ったぞ。これからは私の為に尽くして欲しい」

「はっ。ありがたきお言葉…。全身全霊を持って忠義を尽くします」

その言葉に満足したのだろう。

ノンナは、ビルスキーア少将の肩を軽く叩き、立ち上がらせるとニコリと笑う。

その笑いには気品と優雅さがあった。

「でも、普段は今までどおりお願いしますね」

「はっ。わかりました」

軍人らしくキビキビした態度で頭を下げるビルスキーア少将のそんな様子に、ノンナは苦笑するしかなかった。

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