幕政改革1
登場人物
老中首座 松平武元 右近衛将監 通称:右近
老中 松平康福 周防守 通称:周防
老中 松平輝高 右京大夫 通称:右京
老中 板倉勝清 佐渡守 通称:佐渡
老中格 田沼意次 主殿頭 通称:主殿
明和7年11月10日 江戸城 本丸 黒書院
大坂城代からの密書を携え登城し老中方に面会を申し込み、老中の事実上の執務室である本丸御殿黒書院に通された。
黒書院は30畳もの広い空間でたかだか数名が利用するには広すぎると感じているが、彼らは特別にそうは感じてはいないようだった。いや、むしろこの広大な空間ですら狭いと思っているようだった。
「民部、左様なところに居らず近う寄れ」
老中首座である松平右近殿が手招きしてきた。
そんなに膝を突き合わせる必要があるのか?こんな広い空間なんだからもっと離れていた方が狭苦しくないだろうに……それにむさ苦しいオッサンと膝を突き合わせるとか嫌だし……。
「右近殿、民部は未だに黒書院の流儀に慣れておらぬ故、教えてやらねばなるまい」
田沼公こと主殿様が助け舟を出してくれたが、イマイチよくわからない。この間の一件や報告などでここには何度も来ているがどうやらそれらと今回は勝手が違うらしい。
「佐渡守、そなたも老中としては新参ゆえ民部同様に知りおいて欲しいことがある。幸い、この度までは必要はなかったがこれからは斯様なことも増えるであろう」
老中に昇格して1年になる板倉佐渡守殿も未だ知らぬこともあるようだ。それだけこの1年は安定していたということか……。
「民部を案内したあの茶坊主、無論其奴以外もであるが……あの者らはそこの襖で耳を欹てておる。平時の出来事の報告や決済、相談などであれば問題にならぬが、聞かれたくない事柄はこの広い黒書院であろうがこうやって膝を突き合わせ話すのがここでの決まり事である」
「では、右近様……先の長州征伐の会合では……」
「無論、聞かれておることを承知しておった。それを諸大名に流布させるつもりで敢えて普通にしておったのだ」
そうなると諸侯に幕府がいつでも討伐できること、理性ある対応をするが場合によっては……ということを知らしめる意味合いで情報ダダ漏れを許容していたと……。
「では、此度の大坂城代からの密書については……」
「大坂城代が民部に密書を送ったのは、民部を通せば機密保持が確実だと踏んだからであろう。ここにおる面子では何度も取次がなされる故、機密保持には向かぬ」
主殿様は大したことでもないと言わんばかりにとんでもないことを宣いやがった……。気付かない内に機密文書の中継局にされていた!
「そういうことじゃ。それだけではない。今や幕府の公文書、機密文書のやりとりは……民部、すべてその方の有坂海運にて海上輸送しておる。陸路を行き交わせるよりも早く、諸侯の目にも止まらぬからの」
「左様でございますか……。我が有坂海運が幕府の公用に役立っているのであれば幸いにございます」
当の本人のあずかり知らぬところで自分の作り上げたこの時代に存在しないモノが支えになっていることに嬉しく思うべきか疎外感を感じるべきか……。
「では、各方、長州対策の協議に入ろうか」
割りと置いてけぼり感を感じつつある私を放置して会議は始まった……。




