とある年末の日常
明和6年12月25日 江戸 新橋 有坂民部邸
伊奈殿からの依頼を受けてから鉄道建設計画と路線網整備計画について老中、勘定奉行、関東代官、寺社奉行、町奉行と幕府行政機構のあちらこちらに顔を出し協議し再度検討をすると同時に発注業者の再選定など多忙を極めていたが、やっと一息つけるようになった。
その忙しい時期の間に結奈は長男を出産した。付き合いのある老中連などから祝いの品が届き、それに返礼したりと更にアレコレが増えたが慶事ならば仕方がない。
「ふぅ。」
結奈から大掃除の手伝いを命じられたのだが、いい加減疲れてきたので一息入れることにした。
「結奈、お茶にしよう。なんか甘いものが欲しい。」
「……旦那様?まだ片付いていないように思えるのだけれど、それで休憩を欲しいと?」
「すまん。」
「まぁ、いいわ。それで、甘いものと言っても何がいいの?饅頭?羊羹?それくらいしか今はないわよ?」
なんだかんだ言っても私の希望を優先してくれるとか最高の嫁だ。
「その最高の嫁と結婚したがらずに逃げ回っていたのはどこの誰だったかしら?」
「えっ?」
「口に出していたわ。心の声がだだ漏れよ。」
カァー
想定外の事態に顔が赤くなっていくのを感じる。
「あー、そのー、なんだ。うん、いつもありがとう。」
「素直でよろしい。」
そう言って結奈はお茶の用意をしに部屋の外へ出ていった。彼女の頬が緩んでいるのに気付いたが、そこには触れないことにする。彼女はあれで澄ました顔のつもりでいるらしい。実に可愛らしいと思う。
数分後、お茶とお茶菓子を持って戻ってきた結奈だったが、それとは別に書状を持っていた。
「結奈、その書状は?」
「新之丞殿がここに持ってこようとしていたのだけれど、ついでだから受け取ってきたわ。」
さて、どこからの書状だろうか。この年末年始に面倒事はやめて欲しいものだが。
「差出人は……伊奈殿か。」
「最近、伊奈殿とやり取りが多いわね。」
「あぁ、鉄道建設問題で色々とねぇ。」
ざぁっと目を通すと想定していた面倒事ではなく、事態が収束へ向かいつつあることの謝意を述べたものだった。
「結奈、歳暮代わりに贈れる品があるかな?」
「先日頂いた鹿肉の燻製があるけれど、それで良ければ用意するけれど?」
「そうだね、金品は色々と不味いから、そういうものが良さそうだね。」
「わかったわ。すぐに用意するから、礼状を書いてくれるかしら?」
やはり気が利く嫁って最高だね。




