長州動く
明和6年3月3日 江戸 新橋 有坂民部邸
川越藩から派遣されてきた家臣団に鉄道建設の必要性とそれによる産業の発展、輸送効率を教授し、実際に蒸気機関車を見学させるため相良まで行って、製鉄所の見学もさせ、なんだかんだで半月くらいかかった。その間も大江戸鉄道は延伸し、現在は品川~新橋~銀座~日本橋~万世橋と日本橋~大手門前までが営業している。
旅客輸送よりも貨物輸送が想定よりも大きなウェイトを占めていることと、品川に大店の倉庫街が立ち並びつつあること、それとは別に倉庫業が勃興しつつあった。当然、そうなると品川への人口流入及び旅客輸送が伸びてくる。
思っていたよりも順調な発展に自信を深めていたのである。これであれば、大江戸鉄道と幕府直営鉄道の二正面作戦が可能になると考えていた。大江戸鉄道による東海道本線、横須賀線の建設、幕府直営鉄道による大宮線、川越線の建設である。
そんな折、届いた知らせに困惑し対処に悩むことになった。
幕府の御庭番衆からの報告によれば長州藩に馬車鉄道の建設の兆候があるとのこと。また、領国の中央である山口に藩庁を移動させようと建設を始めていることも合わせて報告があったという。
山口移鎮が100年も早く始まるとか何が起きているのかさっぱりわからない。ただ、分かるのは内陸にある山口へ藩庁が移れば外港が必要になる、そして外港との連絡を考えれば街道整備をするのは当然の帰結。どこを結ぶ路線かの報告はなかったが、恐らくは、山口~防府か三田尻ということになるだろう。どちらの港も昨今整備が進んでいて瀬戸内航路では貨物取扱が増えているそうだ。
「全くどうなってるんだこの世界・・・。長州が動くの早すぎないか?」
そう呟いた時、結奈がお茶を淹れて持ってきてくれた。
「あら?また頭抱えてるの?今度は何したの?」
「私がなんかやらかしたわけじゃない。やらかしたのは長州だよ。あの攘夷キチガイども何企んでるんだ?」
「具体的に何があったか教えてもらえないとアドバイスできないわよ?」
そらそうだ。何があったか知ってるのは私と幕閣くらいなもんだ。それも今し方書状が届いたばかりだ。
「長州が山口に藩庁を動かそうとしている。これ、新規築城を禁じた一国一城令違反なんだがな。あと、鉄道建設を始めたそうだ。連動しているのは確かだろうけれど、それにしては妙にタイミングが良い。」
「鉄道は江戸と相良にしか無いから、三井が絡んでるんじゃない?」
「いや、三井ってのはないんじゃないかな?アレ、この間聞いた話では巨額投資だから無理って拒んだはずだよ?その三井が直接的に利害関係がない・・・歴史上では今の時点ではだけど・・・長州と組むかね?」
そう、三井が薩長と組んだのは幕末それも長州征伐の頃だ。最後まで佐幕と倒幕を天秤にかけていたのに、今の時点で長州と組むとか・・・。
「そうねぇ。でも、三井ならそこそこの鉄を供給できるわよ?福山に製鉄所があるのだから。蒸気機関車は無理でも馬車鉄道はレールと枕木と馬車があればすぐにでも作れるわよ?しかも、見本が越後屋の前を走ってるのだから、ノウハウは教えてもらう必要がないもの。」
「確かに状況証拠ではそうだね・・・。」
「旦那様は気付いていないの?鉄道も山口移転も大した問題じゃないのよ?」
問題じゃない?どういうことだ?
「長州藩が高炉、反射炉を手に入れるということの意味よ。幕末に長州藩が反射炉使って何造っていたか忘れたの?鉄製大砲よ?」
「・・・それ、まずくないか?長州にとって三井と組むメリット多過ぎだろ。いや、そのメリットは長州はまだ気付いていないかも知れんけれど、気付くのは目に見えている・・・。」
「そういうこと。三井も馬鹿じゃないから長州に作るであろう製鉄所は三井直営になるでしょうけれど、そこから生み出される鉄が長州藩の近代化に寄与するのは間違いないわ。」
ヤバい。それこそキチガイに刃物だ。
「だが、今の長州藩は藩主独裁で一門や宿老を排して君臣間に距離があるというけれど・・・。」
「なら、好機じゃない?家中統一するのに外敵を作れば良いのだから。国家運営の基本じゃない?」
「うぅむ。その外敵って倒幕の方向?流石にそれは無理だろう?いくら幕府財政が厳しくても幕末ほど破滅的に幕府の威光が弱ってるわけじゃないし・・・。薩摩もどちらかと言えば幕府と近いしね。」
「倒幕じゃなくても大丈夫よ?幕府が自分たちを潰す可能性があると危機感を抱かせれば良いのだから。ほら、旦那様のオモチャ、あれ、今は葵の旗が翻ってるじゃない?それも、品川沖に3隻も揃えてるじゃない?」
「まさか、三井が煽ったってことか?」
「可能性はあると思うわ。」
なんてことだ・・・。
「そうそう、旦那様。旦那様に伝えておくことがあるの。」
「これ以上面倒事は勘弁してほしいのだけど。」
「面倒事ではないけれど・・・。私、妊娠したから。」
ん?なんだって?
「今、何言った?」
「だから、妊娠したの。あなたの赤ちゃん、ここにいるの。」
「・・・マジで?」
「マジよ。嘘ついても仕方ないじゃない?嬉しくないの?」
「あぁ、いや、嬉しいよ。嬉しいけれど・・・実感が・・・。」
「というわけで、あまり面倒事増やさないでよね?自重して頂戴。」




