関東農業改革
明和5年7月15日 江戸城神田橋門内 田沼邸
江戸と相良、和製クリッパーで1日あれば余裕で到達できる距離なのであるが、江戸で執務をしながら相良の本社へ指示を出し、そんでもって北関東へ・・・ってのは非常に効率が悪い・・・。源ちゃんを長崎へ出張させてしまった現状では、特にその弊害が大きく作用している。
かと言って、参謀役である源ちゃんが居ない以上、その役割は嫁である結奈が担当することになるのだが、結奈を相良に行かせて指揮を取らせるというのもまた都合が悪い・・・。
今までは技術革新や製造方法の確立などが主務だったから源ちゃんと二人三脚が好都合だったが、これからは農業系のそれになるわけで、農業の知識が多少ある結奈の出番だからだ。とは言えど、田植えの時期はもう過ぎている。というわけで、冬期の農業をどうにかしようという話になるのであるが、この時代にビニールハウスなんて都合の良いものはない。正直、苗代の普及もココがネックである。もっとも、苗代のアレは油紙で代用できるというか、大元は油紙だったので、この時代でもなんとか出来るというだけなのだが・・・。
問題は関東ローム層。明らかにこれは稲作に適さない。よって、既存の水田は兎も角、収量アップを期待するならトウモロコシ、サツマイモの栽培を優先すべきだろう。実際、関東各地ではサツマイモ栽培を奨励されているからこれを更に推進する方向で手を打てば良い。だが、サツマイモは保存性が悪い。よって、今後長期の飢饉が予想される東日本には実は適していないと言える。ならば、保存性の良いトウモロコシが最優先と言えるだろう。
長崎に向かった源ちゃんにトウモロコシの追加調達を指示しないといけないな。
と、そんなことを考えているところで意次様がやってきた。
「有坂よ、精が出るのう。」
「基本方針が出来上がりましたよ。ただ、オランダとの取引を拡大していただかねば、食糧増産の目処が立ちません。元々関東は稲作に適していませんから、稲作に代わる食料を生産しませんと効率が悪いのです。特に飢饉が予想される現状では尚の事。」
「老中首座の松平武元殿を通して長崎奉行に手配させるとしようかの。」
「そうしていただけますと助かりますが、今後、米を基本とした税制を変えないと結局は飢饉に効果的な対応が出来ません。私の知る歴史では東北諸藩は米価高騰をこれ幸いと飢餓輸出して財政の足しにして領民を飢餓で苦しめますからね。」
「左様なことをしては意味がないではないか。とは言え、それを今まで繰り返してきておるからの・・・。」
「ええ、ですから、コメ以外の食料生産は非常に重要です。備蓄するにしても、流通させるにしても。そして、江戸近郊の幕府領でも同様にトウモロコシの増産を行ない、それを幕府の備蓄食料として非常時に放出する準備は今からでも進めるべきでしょう。」
「余が失脚する原因となった天明の飢饉とやらまで10年以上は時間があるならば相応の効果が得られよう。」
「合わせて、年貢増徴政策はなさらないようにお願い致します。命取りになりますぞ。」
「相分かった。」
そう言って、意次様は退室していった。
少なくとも幕領で備蓄食料を今から積み上げておけば天明の飢饉に備えられるだろう。問題は岩木山と浅間山の噴火だが、こればっかりはどうにもならん・・・。タイムスケジュールに織り込めると言っても、それが史実通りの噴火ならばよいが、前倒しされると厄介だ。




