関東周旋を命じられる
明和5年7月5日 江戸城神田橋門内 田沼邸
数ヶ月前に自覚なき降伏をしていたことに気付かされた結果、結婚を決意した。させられた。そんなわけで、江戸へ出立する前に相良の関係者相手の結婚式をやることになった。それが6月20日のことであった。
そして今日は江戸の関係者相手の結婚式をやった。さすがに色々と面倒だった。こんな面倒はもう二度とゴメンだ。
「有坂よ、ご苦労であった。」
「意次様、結奈と結託しての斯様な真似、もう二度と御免ですぞ。こちらにも色々と心積もりやらあるのですからな。」
「そう責めるな。」
「その件は、もう良いです。それで、書状には何も書いてありませんでしたが、これから私に何をやらせるつもりなのですか。」
「西国周旋は程々の成果があったと聞くが、今度は東国周旋と言うべきであろうか、江戸を中心に活躍してもらうつもりである。さしあたっては館林藩、老中首座松平武元殿の所領じゃ。そして、鉄が出るという川越藩、越前家松平朝矩殿の所領じゃ。」
「館林ならば養蚕、絹を、川越ならば食糧増産と鉄が狙いですか。」
「左様じゃ。頼まれてくれるな?」
「わかりました。なんとかしてみましょう。」
館林は利根川水系の水運と水力動力の実用化が鍵、川越は苗代の普及と鉄鉱石採掘か。優先順位は水運整備、水力動力の開発普及、鉄鉱石採掘、苗代普及といったところか。
「さしあたっては利根川水系の水運整備が適当かと。食糧増産は今年は準備くらいしか出来ませんから来年以降となりましょう。」
「当てがあるようだな?松平武元殿へ紹介状を書いてやろう。他に望みはあるか?」
「そうですなぁ、源内殿を長崎へ遊学させ、オランダからの産物の入手を。いずれ、出島貿易は拡大させていただきませんと。特に絹は輸出に最適かと。ですので、関東諸藩の養蚕産業の成長は幕府財政に直結すると断言致します。老中方をそのように説得くださいませ。」
もっとも、オランダ東インド会社に儲けを独占させるつもりなどないがな。
「お主、悪い顔をしておるな。あれか、有坂海運なる廻船問屋を造ったそうだが、それを使って直接外国へ出向かせろなどと言わぬであろうな?そこまでは許容できぬぞ?」
「今は、構いませぬ。船の数が揃っておりませぬ故。しかし、蒸気船やクリッパーの数が揃いましたら、こちらから打って出るべきです。そのための有坂海運でございます。」
「まぁ、良かろう。暫くは国内廻船を相手にするが良い。」




