海軍建設計画
安永元年12月3日 有坂民部邸
小田原藩主大久保加賀守忠顕殿が駄々を捏ねたせいで当初は優先度が低いと感じていた海軍建設に乗り出す必要が出てきた。
というか、田沼公が止めなかったせいで、実質的にGOサインが出たも同然……つまり、海軍建設するから整備計画作れという話になった……。
ちなみに私が欠席した幕閣会議で大久保加賀殿が海軍奉行なんてものになっていたということを今日聞いた。
どうもアイツは海軍スキーな輩だったようだ。以前の会話から想定するに大艦巨砲主義者であるのは間違いない。問題はヒエーは俺の嫁とか言い出す奴なのか、それともデースが嫁なのか……そこだ。もし、奴がデースが嫁だと戯けたことを抜かしたら今度こそ止めを刺してやる。
なんか結奈がガン飛ばしてきているので自重しよう。
さて、なんだったかな……そうそう、海軍建設計画だったな……。
海軍建設ってもさ、問題はいくつかに分かれる。
まずは予算だ。こいつがなければ話にならない。ボリビア海軍みたいにチチカカ湖にボート並べて海軍を騙るなら、まぁ、話は別だ。だが、本格的な海軍を建設するなら、1隻の軍艦建造だけで大江戸鉄道の東海道本線(新橋~小田原)を下手したら2つ造れるくらいカネがかかる。
あいつら、そのこと気付いてるんだろうか?
まぁ、いい。カネのことはどうせ勘定方の抵抗に遭うだろうし、そもそも、今の幕府じゃフネが出来ても大砲がどうにもならんさ。
んで、次は人員だ。こいつも数年単位で育てないと駄目だから船が出来てもすぐに動かせるわけがない。というわけで、海軍兵学校が必要になる。しかも、陸軍と違って機会に強い連中でないと駄目だから、基礎学力と応用学力が大事になる。そう、教育機関が充実していないと話にならない。
最後は活動拠点……。まぁ、これは横須賀に既にある。船渠と補修施設、製鉄所だ。まぁ、そもそも、これがないと我が有坂海運ですら話にならないんだがね……。
まぁ、そんな具合なんだが……。そもそも、海軍って言っても、どのレベルの海軍を造るのか、そこも問題なんだよね。
例えば、外洋遠征を主目的にする海軍なのか、沿岸警備を主目的にする海軍なのか、それだけでも方向性が全く違う。外洋遠征海軍であれば、両方をこなすことは出来る。まぁ、沿岸警備には過剰戦力になるから非効率だが……。逆に沿岸警備海軍であれば、遠征には向かない。
次に蒸気船主体にするのか、帆船主体にするのか、これでもだいぶ違う。蒸気船であれば、鉄製船体を基本にして大型化が可能だ。しかし、帆船であれば木製船体を基本にすることになる。
ついでに言えば、ドレードノット級戦艦に代表される弩級戦艦以後の設計思想なのか、前弩級戦艦以前の設計思想なのか、それとも戦列艦に代表されるナポレオン戦争時代の軍艦設計思想なのか、それらでもだいぶ違ってくる。
そもそも、弩級以後、前弩級以前、戦列艦、それらは軍艦の運用についても変わってくる。
戦列艦は三層から四層の砲台甲板があり、両舷合わせておよそ90門程度の大砲を積んでいる。当然だが、統一指揮による斉射などあるわけがなく、各大砲に配された兵員による各個射撃だ。ただし、砲弾の投射能力はピカイチである。ただし、有効かどうかは微妙だが……。
次に前弩級。これは設計思想はやはり戦列艦の頃のものを引きずっている。例えば、日本海海戦の三笠などそうだが、前後に旋回砲塔を装備して、艦橋構造物の舷側には多数の砲郭があり、速射砲やら小口径砲やらが満載のまさに海の城郭、海の要塞という感じだ。
次に弩級と超弩級。不正確ではあるが、ほとんどの人間が知っている所謂”戦艦”というものがこれだ。前後に背負式砲塔を装備して砲郭を少なくしているか、全廃したものだ。砲郭が残存しているのは一次大戦中かそれ以前に建造された戦艦であり、大日本帝国でいえば、金剛型、扶桑型、伊勢型、長門型。砲郭が全廃されているのが軍縮条約以後の戦艦であり、大和型がそれだ。ちなみに準弩級というものもあるが、まぁ、中間砲を装備するか統一された大口径副砲を装備するものと定義されオーストリア=ハンガリー帝国のラデツキー級がそれの代表例だ。
さて、そんな感じでどこを目指すのか、それによって海軍のとるべき戦略やドクトリンも変わってくるのだが、それを幕閣が理解してくれるのだろうか?
いや、そもそも、あの野郎が求めているのは明らかに超弩級戦艦時代の海軍だろう……どうすんのこれ?




