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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
世界へと目を向ける幕閣

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謹慎中、嫁とイチャイチャしてましたが何か?

安永元年11月28日


 大久保加賀守忠顕との乱闘の結果、田沼公に大目玉を食らい、翌日から10日間の謹慎を命じられてしまった。


 ただ、あの野郎も一緒に謹慎を命じられているのでザマァって思ってはいる……反省していないと結奈に呆れられたのは言うまでもないことであろうか……。


 さて、そんなわけで謹慎の解けたこの日、順延になっていた幕閣会議が永田町の総合庁舎で開催されることとなったため出仕した。


 隣の敷地に建設中の赤煉瓦の新庁舎を横に見ながら元大奥女中の案内で老中詰所である”溜詰”へ到着した。


 この元大奥女中の彼女はなかなか貰い手が見つからないようであるのだが、その理由がよく分かった。勤務態度は非常に良いのだけれど、狩りの最中の虎や豹が如く、来客にギラギラとした目で品定めをしているのが敬遠されているんだな……。うん、暫くは縁がないんだろうな……。


「有坂民部、罷り越しました」


 定例の挨拶をして”溜詰”へ入室すると田沼公が居て茶をすすっていた。


「おぅ、民部か。結奈の文では全く反省しとらんとあったが……仕方のない奴だな……まぁ、加賀殿も同様に反省しておらぬようだったが、またやらかすのは困るぞ……」


「その節は……しかし、江戸の民には良い娯楽の種となったようでして……贈答の品が届いて参りましたよ」


「火事と喧嘩は江戸の華というからのぅ」


 田沼公はそう言うと彼の手元にあった饅頭を寄越した。


「これは?」


「そちらの喧嘩で売り上げを伸ばした瓦版屋からの贈答品じゃ。また何かあればよろしくと言っておったわ」


 この世界には既に番記者に相当する者でもいるのだろうか……。


「して、加賀殿の要望に何らかの代案や譲歩があるか?」


 田沼公は先日の会議で紛糾した議案、大久保加賀殿の海軍建設要求の話題を振ってきた。


 彼は謹慎という名目で私に代案や譲歩、長期計画など具体的なものを考える時間を与えたつもりだったようだ。


「先日も申しましたが、海軍建設そのものには反対どころか賛成致しますが……幕府財政に余裕が出て来ているとは言えど、その人材はどこにいるのでしょうか?幕政改革で旗本御家人の配置転換ですらいまだ道半ば……ものには順序というものが……」


 彼は私の言葉を遮る仕草でみなまで言うなと制した。


「その話は先日聞いたのぅ……余が求めておるのは、その順序を加賀殿に納得させることが出来るように示す具体的な道筋……そちの言葉でいえばビジョン、展望だったか……それなのだ」


「それでしたら、数日の猶予をいただけましたらご用意いたしましょう……幕府財政と幕府行政機構の再編、それによる人員の捻出、人材育成機関の設置とその後の育成期間、艦船の調達と建造期間……それらを文書にして提出いたしまする」


 彼はうんうんと頷いた。そして厳しい顔で睨んできた。


「で、そちはこの謹慎中何をしておったのだ?」


「謹慎しておりましたが……何か?」


 そう答えると思いっきり落胆された……。


「そちには期待もしておるし、その期待に応えてきたのだから、余もいつも通りに考えておったのに、謹慎していた……だと!そちに与えたのは謹慎という名目の誰にも邪魔されない時間だ!わかっておろうが!」


 もの凄い剣幕で怒鳴られた。かなり理不尽なこと言ってねぇか、このオッサン……。


「だというのに……手ぶらで来ただなどと、余は悲しいぞ……」


「左様に申されましても……折角の謹慎だったので結奈の相手をしておりましたゆえ……」


「しかも、言うに事欠いて、嫁の相手だと……」


「はぁ……最近、構ってくれないと結奈が駄々を捏ねますゆえ、それに先の謀反騒ぎのアレで結奈がそばを離れてくれませんので……」


 実際に謹慎期間中、結奈がべったりで離してくれなかったのだから嘘は言っていない。


「もうよい、会議は出ずとも良い。今日の会議はそちが居らんでも事足りる内容であるからな……帰って海軍建設に関する報告書をまとめよ……」


「左様に申されますならば……そのように……」


 田沼公は言うだけ言ったら、拗ねて自分の席に戻ってしまった。


 結局、ここに何しに来たんだろうと途方に暮れて、元来た道を引き返すことになったのである。

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