江戸政変秋の陣<26> 脳筋どもは暑苦しい……by有坂民部
明和9年10月5日 赤坂門
「機は熟した!総攻撃をかける!」
「我らのやるべきことはただ一つ、賊徒を一人残らず鉄槌を下し、謀反人を断罪すること!」
「勝鬨を上げるぞ!」
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
掛け声一つで小田原兵団は一丸となった。
釣り野伏で敵を包囲殲滅するというつもりでいたにも拘らず、肝心要の井伊兵団がやり過ぎたことで戦線が停滞したため彼らの戦意が燻っていたが、状況が動いたことでやっと戦機を見出すことが出来た。
誰だ、釣り野伏が出来なくなって開き直って単純な平押しすることになっただけだと言った奴は!
燻っていた彼らの戦意はあっという間に最高潮に達したが、彼らも一端の武人。統率の取れない野党崩れではない。一糸乱れずに行軍していく様はまさに壮観である。
大久保忠顕の軍事調練の甲斐があったというべきだろうか。
彼は……小田原藩は歩兵銃の量産が始まると同時に接触してきて軍制改革を真っ先にやってのけた。その結果、他藩に比べて練度が高い近代陸軍……帝国陸軍風味……が出来上がった。なんで軍服まで帝国陸軍モドキなのかと思っていたのだが、親玉の大久保忠顕その人が転生者なんだから納得だ。
だが、実際問題として小田原藩だったから歩兵銃の装備率を100%にすることが出来たと言っても良い。小田原藩は鉄道開通による恩恵で莫大な収益を得ているのだ。小田原藩は既に年貢制度を撤廃し、完全に税金制度へ移行している。ゆえに現金収入が非常に多い。東海道本線の終着駅であるため藩領に宿泊する旅客、箱根や熱海などの温泉に宿泊する旅客が主な収入源となっている。彼らが落としていくカネが藩内経済を活発化させることで税収も増えるという寸法だ。
そのため、常備兵を組織することが可能であり、また、軍制改革により実力主義が実行され、一兵卒から将校に至るまで職業軍人へと移行させることが出来たのである。
結果、気付いた頃には帝国陸軍モドキが出来上がっていたのである。それを利用しない手はない。そんなわけで田沼公を通じて小田原藩に出兵を依頼したのだ。
「民部殿、貴殿は大まかな指示を出すのが仕事だ。だが、現場は我らの領分。任せていただくぞ!」
「左様、貴殿は幕府からのお客様、前線でチャンバラをするのは違うのだから、御守りを付ける故、後方で待機されたい」
「そうでござる。我らは井伊兵団よりも歩兵銃に慣れておるから安心して観戦されるとよかろう」
小田原藩の武闘派将校たちは揃って私を追い出しにかかった。
「前線の指揮まで口を出すつもりはござらん。貴殿らが上手く動いてくださればよい。ただし、各隊と連携し、敵を一兵たりとも逃がさず追い込むこと……頼みますぞ」
「おぅ!別働隊、会津、井伊、松江、明石と我らでネズミ一匹逃れる隙間などありはせぬ!任されよ!」
彼らは右腕を振り上げ高笑いしながら自身の率いる分隊へ向かっていった。
そして暫く後、制圧射撃を二斉射10発分、総計600発撃ち込んで雄叫びを上げながら万歳突撃を敢行していった……。
「あいつら……どこまで帝国陸軍の真似をしているんだ……いや、効果的なんだろうが……どうなんだ?」




